7月21日から一泊で伊勢神宮に行ってきました。


7:19の新幹線に新横浜から乗って、女子6人です。


2008年にガイドをお願いした。荒堀さんに今回もガイドをお願いし、

前回の四人組にご利益があったこと(転職、出世、結婚、彼氏ができた等)を、荒堀さんに報告したところ、

たいへん喜んでくれました。


今回は四人が日帰り組ということもあって、午前中に外宮、午後に内宮、おかげ横丁、猿田彦神社を

まわりました。


7月21日って土用の丑の日なんですよね。


この日に五十鈴川の川の水をいただいて、神棚に置くと、一年間無病息災だそうです。


これはどこのガイドブックにも書いてなくて、ガイドさんから聞いて初めて知りまして、

皆、聞いたとたんに水をいただいていました。


日帰り組は、16:48の五十鈴川から特急に乗って、名古屋で、矢場トンのとんかつを食べて帰宅。


私と友人は16:46に五十鈴川から電車に乗って、鳥羽へ。


鳥羽の胡蝶蘭という旅館。


食事もおいしくて温泉もよかったです。


次の日はまた内宮、おかげ横丁にいきました。


名古屋でひつまぶし買って、新幹線に乗って帰宅。。。


とても楽しいたびでした。


ご利益に感謝。
フィナンシェの日記

昔、NOVAに行っていたことがあったけど、全然進歩しなくて、英語にしても中国語にしても、ある程度のところで、進歩しなくなってしまって、しかも、仕事で使うこともなかったので、英語の勉強はしなくなっていた。


でも、今回の新しいプロジェクトについたことから、英語は必須になってしまい。


もう必要に応じてやるしかない。


でも、まだまだ自分ひとりで毎日勉強する気がいまいち起こらず、仕方がないので、TOEIC専門の英語学校に毎週土曜日行ってます。


これで出張行ったら、その気になって頑張るかな。


もう自分に投資するのはお金がないのでやめたいのだけれども、まあ頑張ってみるかな。

当たり前の話だけれども、商品企画は、ターゲット顧客をよーーーーく調べないと、発売してから売れないということが多々ある。


そういうことがわかっていても何度もやってしまうのは、大企業病としか言えない。


それらをポジテブにとかいうけれど、そういうことだからいつまでたっても改善されないのだと思う。

3月に異動してからというもの本当に公私ともども忙しい毎日となっている。


毎日、マラソンしているような感じで仕事をしている。


「痛気持ちいい」こんな感じであります。


思わぬことで、海外出張でアメリカに行く予定になった。以前、一度話しがあったのだけれども、

他の仕事の予定で、他の人が行ったけれども、今回はどうも避けられない。


10年以上前に、私は、海外を飛び回るくらいの仕事をしていたいといつも夢みていたのだけれども、

それが本当になるとは、自分でもすごく驚いている。


願っていたこと、がんばっていたことが、今、次々と花開いている感じがする。


「寒くて辛い季節には、下へ下へと根を伸ばせ、やがて大きな花が咲く」という誰かが言った言葉があった。



さて、英語がんばらなくちゃ。


7月12日にお世話になった従姉の裕子さんが亡くなりました。63歳。


3年間の癌との闘いでした。


私とは年齢が離れていたのですが、子供の頃、よくお世話になりました。

両親が留守のときに、ご飯を作ってくれたのを覚えています。


いつも明るくて、毒舌で、親戚の中でも裕ちゃんが話すと場が華やいだのをよく覚えています。


伊豆の川奈ホテルに勤めていて、私が高校生のときに、アルバイトで行っていたときも

いろいろお世話してくれました。


一度離婚して、40歳くらいのときに、学校の先生と再婚して、子供はおりませんが、

夫婦で大きな家を建てて、時には喧嘩もしたそうですが、仲の良い夫婦に私は見えていました。


私が社会人になってからは疎遠になっていましたが、私の父と母のところには、よくおいしいものを見つけたといっては、持ってきてくれて、色々な話をしていたようです。

だから、父と母は裕ちゃんの葬儀のときにすごく泣いていました。自分の娘のようにも思ったのだと思います。


親戚とは、近くにいる場合は付き合いがあるのですが、私のように横浜に出てきてしまうと、なかなか付き合いはありません。ですが、どこかで、自分と繋がっている人がいるということで、なぜか人間は安心しているものだということに気が付きました。


裕ちゃんが病気だと聞いたときから、とても心配になった私は何度か彼女の病院にお見舞いに行きました。

伊豆の順天堂病院まで、横浜から新幹線で行って、帰りに三島大社でお参りしていったこともありました。

三島駅でシラス弁当を買って帰りに食べたこともありました。


2人で病室で話ししているとき、不思議と会わなかった時間の隔たりがなく、話し込んだものでした。それが親戚なんでしょうね。自分と繋がっている人なんでしょうね。


裕ちゃんが3年くらいまえから私に会うと、言う言葉がありました。「いいことあるよ。いい人にあなたは出会えるよ」という言葉。すごくうれしかったです。


今、私は、裕ちゃんが言ったとおりになっています。


裕ちゃんにありがとうって改めて言いたい。そして、病気で3年間たいへんだった裕ちゃん、今は、ゆっくり休んでください。