崖
今、崖の手前数十メートルというところであろうか
その崖の下がどれくらいの崖なのかは未だわからない
とにかくすぐ目の前に追い込まれた環境が現在の自分の立場である事は確実に未だ理解出来ている
ある程度人間図太く、心臓に気がはえたぐらいないと昨今は事業を継続していく事が厳しい時代となっている
継続出来ている企業のほとんどが自己資金を流用して凌いでいる可能性は高い
自己資金の少ない企業は当然廃業もしくは倒産となる
細木さんの占いで自分の運命のここ数年は最悪期であった
慰めとして考えているが、たたりなのではないのかとある方に対して憎しみを感じる感情が自分に湧き出ることも多かった
結論、第三者に責任を感情論で転嫁してもマスターベーションにすぎない事は冷静に考えられる段階を保って現在である
崖の先に何があるのか、全くわからないが、とにかく希望が持てない思いが消えるとは思えない
嫁さんに対しても、両親・兄弟・親戚・友人に対しても、自分が一体何をした、
そんな寂しい感情が自分自身の周りを包んでいる
追い込まれ、絶望して自殺する方々が年々減らない日本の現状の一角に多分自分は向かおうとしているのであろう
人生は死んだら終わりで、自殺は絶対に美学ではないと思って今日まで生きてきているが、そういう奴が決まって自殺するらしい
所詮強がりで弱いのである
とにもかくにもけじめは大事な事で、崖の先の風景が見える前にけじめをつけたいと思う
その崖の下がどれくらいの崖なのかは未だわからない
とにかくすぐ目の前に追い込まれた環境が現在の自分の立場である事は確実に未だ理解出来ている
ある程度人間図太く、心臓に気がはえたぐらいないと昨今は事業を継続していく事が厳しい時代となっている
継続出来ている企業のほとんどが自己資金を流用して凌いでいる可能性は高い
自己資金の少ない企業は当然廃業もしくは倒産となる
細木さんの占いで自分の運命のここ数年は最悪期であった
慰めとして考えているが、たたりなのではないのかとある方に対して憎しみを感じる感情が自分に湧き出ることも多かった
結論、第三者に責任を感情論で転嫁してもマスターベーションにすぎない事は冷静に考えられる段階を保って現在である
崖の先に何があるのか、全くわからないが、とにかく希望が持てない思いが消えるとは思えない
嫁さんに対しても、両親・兄弟・親戚・友人に対しても、自分が一体何をした、
そんな寂しい感情が自分自身の周りを包んでいる
追い込まれ、絶望して自殺する方々が年々減らない日本の現状の一角に多分自分は向かおうとしているのであろう
人生は死んだら終わりで、自殺は絶対に美学ではないと思って今日まで生きてきているが、そういう奴が決まって自殺するらしい
所詮強がりで弱いのである
とにもかくにもけじめは大事な事で、崖の先の風景が見える前にけじめをつけたいと思う
宮崎
宮崎は随分と全国区に知られた県になった、この現実は間違いなく東国原知事の成果だと思います。知事は常に様々な情報を通じて、県民総力戦と常に訴え続けています。今日ビックリする情報を目にしました!
九州の大学生の就職したい企業ランキングに宮崎県庁が43位にランクインしたのです、企業ランキングにです。嬉しく誇りに思う人もいるでしょうし、複雑な心境の方々もいるのではと思います。知事はどう思っているのでしょうか?
宮崎はホントにのんびりとしていてのんびりするには最高の環境があります。
ビジネスモデルとは違う気がします。シーガイヤは、南国リゾートの売り出しでブームにいまいち乗り切らず現在も位置付けに瞑想を続けています。
真の宮崎の再生はホントにこれからが正念場になるのでしょうね!
僕は宮崎が大好きです!
九州の大学生の就職したい企業ランキングに宮崎県庁が43位にランクインしたのです、企業ランキングにです。嬉しく誇りに思う人もいるでしょうし、複雑な心境の方々もいるのではと思います。知事はどう思っているのでしょうか?
宮崎はホントにのんびりとしていてのんびりするには最高の環境があります。
ビジネスモデルとは違う気がします。シーガイヤは、南国リゾートの売り出しでブームにいまいち乗り切らず現在も位置付けに瞑想を続けています。
真の宮崎の再生はホントにこれからが正念場になるのでしょうね!
僕は宮崎が大好きです!
カンボジア
スポーツは色々とやっているのだが、ただ走るランニングというスポーツは学生の頃からあまり好きではなかった。そのランニングが27歳から今まで継続しているのはただ単に健康に良いと言われているからでは無い、余談だがランニングは結構危ないスポーツでベテランのランナーでもレース中に心筋梗塞になったりもする。十分な準備運動は大切である。
大ファンの女性のブログの中にハンドメイドのカンボジアの商品が取り上げられた。内戦が終わり初めて開催されたハーフマラソン大会に参加する為にカンボジアを10年ぐらい前に訪れた事がある、世界遺産アンコールワットの周りを走るイベントだった。その時にみた光景は今まで絶対に忘れないし胸に刻みこまれている。訪問するまでに描いていたカンボジアのイメージはひどい内戦があったところだしなんとなく暗くドンヨリとしたものだった
初の国際大会だった事もあって解放的なレセプションも開催され現地の方々と沢山触れ合える機会があったとにかくビックリした!
とにかく明るいのである!ムリやり明るくしていたのかもしれないが、無理やりでもあの環境の中そこまで明るく出来れば全世界どこの営業になってもやっていけると思った。
根本的に言葉は通じないのだが、交流をもって仲良くなった男の子と女の子がいた、二人とも両親を内戦で失い、地雷を踏んでまともに歩けなくなった祖父母と暮らしていた。とにかく内戦が終わりいろんな人たちが世界からやって来ている事が嬉しいと言っていた。不敏な状態の祖父母にも会わせたいと言われてお会いしたら、不敏なのに明るくよくきて下さったと対応してくださりホントに嬉しそうだった。
内戦があった事、何の罪も無いのにこのような状況になっている事、つらかったけど思い切って聞いてみた
悲しくないの?
辛くないの?
彼らはこう答えた。
悲しかったり、つらかったりもするけれど、今は自由だから、方法を色々と考える事が出来る、日本人に自分達が作ったものを買ってもらうんだ。だからもっと日本語を教えて下さい、とお願いされた。
滞在中の5日間、僕らは彼らと毎日会った。普段観光客が足を踏みいれない危険な場所にも連れていってもらった、すごく怖かったけど忘れられない思い出だ。別れの日、たった5日間で随分日本語の会話が上手くなった。
彼らはずっとバスを見送りながら僕らの名前を呼んでいた、
僕らも涙が止まらなく見えなくなるまで手をふった。
忘れられない出会いと別れだ。
記念に彼らから買った手作りの楽器は今まで大事に持っている。
男の子に走った時のランニング用の帽子を記念にプレゼントした、数年後番組名はあまり記憶してないのだが、あいのりか電波少年の番組内で成長した男の子があの帽子をかぶって番組に出ていた、自分にはその時の男の子だったのか分からなかった。
人の顔の記憶とは人によっては曖昧なものだが、出来事の思い出は忘れないものだ。
必死に生きる事は自由だ
自由なのであれば考えて考えて見つけた事を必死にやった方がいいと思う。
今の心の病んでいる日本がカンボジア等、人間が必死に生きている国から学ばなければならない事は沢山あるのではないだろうか!
今回あらためてそう思った
大ファンの女性のブログの中にハンドメイドのカンボジアの商品が取り上げられた。内戦が終わり初めて開催されたハーフマラソン大会に参加する為にカンボジアを10年ぐらい前に訪れた事がある、世界遺産アンコールワットの周りを走るイベントだった。その時にみた光景は今まで絶対に忘れないし胸に刻みこまれている。訪問するまでに描いていたカンボジアのイメージはひどい内戦があったところだしなんとなく暗くドンヨリとしたものだった
初の国際大会だった事もあって解放的なレセプションも開催され現地の方々と沢山触れ合える機会があったとにかくビックリした!
とにかく明るいのである!ムリやり明るくしていたのかもしれないが、無理やりでもあの環境の中そこまで明るく出来れば全世界どこの営業になってもやっていけると思った。
根本的に言葉は通じないのだが、交流をもって仲良くなった男の子と女の子がいた、二人とも両親を内戦で失い、地雷を踏んでまともに歩けなくなった祖父母と暮らしていた。とにかく内戦が終わりいろんな人たちが世界からやって来ている事が嬉しいと言っていた。不敏な状態の祖父母にも会わせたいと言われてお会いしたら、不敏なのに明るくよくきて下さったと対応してくださりホントに嬉しそうだった。
内戦があった事、何の罪も無いのにこのような状況になっている事、つらかったけど思い切って聞いてみた
悲しくないの?
辛くないの?
彼らはこう答えた。
悲しかったり、つらかったりもするけれど、今は自由だから、方法を色々と考える事が出来る、日本人に自分達が作ったものを買ってもらうんだ。だからもっと日本語を教えて下さい、とお願いされた。
滞在中の5日間、僕らは彼らと毎日会った。普段観光客が足を踏みいれない危険な場所にも連れていってもらった、すごく怖かったけど忘れられない思い出だ。別れの日、たった5日間で随分日本語の会話が上手くなった。
彼らはずっとバスを見送りながら僕らの名前を呼んでいた、
僕らも涙が止まらなく見えなくなるまで手をふった。
忘れられない出会いと別れだ。
記念に彼らから買った手作りの楽器は今まで大事に持っている。
男の子に走った時のランニング用の帽子を記念にプレゼントした、数年後番組名はあまり記憶してないのだが、あいのりか電波少年の番組内で成長した男の子があの帽子をかぶって番組に出ていた、自分にはその時の男の子だったのか分からなかった。
人の顔の記憶とは人によっては曖昧なものだが、出来事の思い出は忘れないものだ。
必死に生きる事は自由だ
自由なのであれば考えて考えて見つけた事を必死にやった方がいいと思う。
今の心の病んでいる日本がカンボジア等、人間が必死に生きている国から学ばなければならない事は沢山あるのではないだろうか!
今回あらためてそう思った