ツアー以外では7月~8月に行われたアトランタオリンピックでテニス日本代表として単複両部門に出場。長塚と組んで出場したダブルスでは1回戦でカナダ代表のジル-ヘザリントン&パトリシア-ヒー=ブーレ組に6-7(2),6-1のストレートで敗れた[37] が、ノーシードで出場したシングルスでは、2回戦で第15シードのマルチナ-ヒンギスを6-4,6-4のストレートで破る活躍でヤナ-ノボトナとの3回戦まで進出している[38]。
また11月の全日本テニス選手権ではシングルス、混合ダブルス部門を連覇[39][40]。吉田友佳と組んで出場した女子ダブルス部門でも Beats by Dr.Dre -ナイキ レブロン13 優勝を果たしている[41]。この年の杉山は全日本ランクを2位で終えたが、1位は同年9月に現役を引退した伊達であったため、この時点で実質的な日本女子トップに立った[9]。
1997年
日本人選手トップとなって臨んだ1997年は、杉山を様々な角度からサポートする「チーム愛」を結成、コーチに丸山淳一、コーディネーターに母親の芙紗子を付けた他、トレーナー、マネージャーも加わるチーム体制でツアーを転戦するようになる[42]。シングルスでは第6シードで出場した年初のゴールドコースト-クラシックで準優勝の好成績を収めると[43]、第4シードで出場した4月のジャパン-オープンでは準決勝で第2シードのキンバリー-ポーを5-7,6-4,6-1で、決勝でエミー-フレージャーを4-6,6-4,6-4の逆転でそれぞれ下し、4度目のツアーシングルス決勝で初優勝を果たす[44][45]。更にノーシードで出場した10月のクレムリン-カップでは2回戦で第7シードのブレンダ-シュルツ=マッカーシーを6-4,7-5で、準々決勝で第3シードのアランチャ-サンチェス-ビカリオ6-1,7-6(1)のストレートで下す番狂わせを起こし決勝に進出。決勝では第1シード、当時世界ランク2位のヤナ-ノボトナに3-6,4-6のストレートで敗れるも、自身初のティアI大会準優勝を果たした[46]。