自分の老いを感じる瞬間の一つに、物語になかなか入っていけないというものがあります。
高校以来、年間50~100冊くらいのペースで本を読み続けていますが、分類として目に見えて小説の量が減ってきているのを感じます。
評論やエッセイ、歴史書みたいなものが増えてきている一方で、小説を手に取る機会は少なくなりました。
いわゆる有名どころは大体読みつくしたというのは確かにありますが、やはり、小説の世界に没頭し身を委ねるということが難しくなってきているのだと思います。
通勤や休日など細切れの時間の中で物語世界に浸りきることは難しく、また、私の頭が固くなったのか登場人物への感情移入ができにくくなっています。
端的に言って、小説を読むのは結構疲れる作業なのです。
それは、新聞記事やネットニュースを読むこととは根本的に異なる活動だと思います。
そんななかで、この『悪童日記』は、久々に全身全霊で物語世界に飛び込める作品でした。
古典と呼ぶには新しい書物ですが、過去の名作の数々と比べても決して遜色のない極めて完成度の高い小説です。
分量もこの手の純文学作品としては控えめであり、4~5ページの短いエピソードの積み重ねで全体が構成されていますので、スキマ時間で読み進めていくことも可能です。
簡単に言えば、本書はとある戦時下における双子の主人公の生きざまを描いた作品と言えます。
舞台設定や構成自体は、そんなに目新しいものではありません。
いわゆる戦争文学の一つであり、こういったジャンルにつきものの(性的・暴力的に)残虐なシーンがたくさん登場しますし、主人公の行動様式も通常一般の価値観からはだいぶ乖離しているので、思わず目を背けたくなるような描写は多いです。
なので、内容以前に、残酷なお話が苦手な方は、やめておいた方が良いでしょう。
他方で、本作品は戦争の悲惨さを描いただけの作品では決してありません。
異常とも見えるような主人公の双子の行動(そのほとんどはかなり過激で残酷なものです)の中に、何か、人間の心の深い部分を抉りにくるような言動が垣間見えます。
最初はそれが何を意図しているのか、プロットの揺らぎであるのか良く分からないのですが、徐々に、著者がある確信を持ってそのような描写を加えていることが分かってきます。
最終的には、飽くまで冷静で客観的な筆致の中に、超人のような、荒ぶる神々のような生々しく独特な人間愛の姿が経ち現れてきます。
それは、私たちが学校や社会で教えられ、大衆に向けて常に語られるような偽善的でキッチュな「優しさ」とは全く異なる、ある意味でのヒューマニズムと呼ぶべきものです。
これでもかと繰り返される陰惨な描写の中に、何故だかとても美しく感じる人間的な何か、が描き出されているというのが私のこの本に対する感想です。
この作品の著者は、現代的な常識や愛を真っ向から叩き潰しつつ、パラドキシカルに人間が真に在るべき姿みたいなものを描き出すことに見事に成功していると思います。
以上。