これからの世界に思うこと
ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、北朝鮮の金正恩やそれ以外にも専制国家と呼ばれる国はいくつかあって、特定の人が優先される国であり、法がその特定の人のための方であることが多いような気がします。
民主国家と言われる国においても選挙で勝たなければ、政権を取れず、そのため、日本においても旧統一教会のような宗教団体や企業や様々な団体から支持を受けようとする動きはあるので、支持を受けている団体に対しての側に立った運営にはなるのだと思い、専制国家も日本を含む、他の民主国家もその点においては、特定の人のための政治になるものだと感じています。
ただ、政治は特定の人のためのものではなく、国民、市民と言われる人たちに広く、できる限り公正であり、チャンスはある程度、平等に与えられるものであることが望ましいのではないかと最近、考えます。
日本の政治、選挙の方法は大きく変わる必要があるのではないか?一部の人、団体のための法や決まりが多く、硬直状態にあるのではないか?国が成長、発展、良くなっていくためには、若い人たちに委ねられる国になる必要があるのではないか?と思うのです。なぜなら、年長者は、守りに入り、今のままが良い人が多く、先も長くないため、将来どうなろうとも今が大切な人が多く、若い人は先が長いので、例えば温暖化などによる気候変動など将来の生活を脅かす問題も気になるはずで、将来も見据えた総合的な判断をするのではないかと思うのです。
明治維新の時なども中心となった人物は、20代、30代が多くいましたし、その後、第1次、第2次世界大戦の頃には、もう少し年代が上の人が中心となったことで、国内の権力争いや時代が進んでいることに対処できず、国民を大変な目に合わせることになった。今もそのような状況ではないのか?国民や市民のための政治になっているのか疑問に思うところです。
