水曜どうでしょうの魅力


それは一体どんなところにあるのでしょう。



あくまでも個人的な意見としては、バラエティ番組としての魅力というよりも四人の友情、人間模様、彼らの自然体な姿


私はそこに魅力を感じます。




例えば、マレーシアジャングルに行ったとき



シカをトラと見間違いたミスターとうれしの先生


対決列島やユーコンでの大泉くんと魔人のかけひき



一見すると、他の番組には許されない、製作側と製作を実現する側の関係がほんの少し、ちらりと見えるのです。


こういうことは、例えばあるお仕事でプロジェクトの企画をたてる人々と、そして実行する人々が、熱く、熱く、熱く! この計画を成功させようとする熱意を感じるように


彼ら四人は、情熱を持ってして、仕事に挑んでいるのかもしれない



それは不真面目に見えるかもしれない

悪態をついているように見えるかもしれない


でも


どこかしら、彼らに魅力を感じる。



私はそれが情熱だと思う。



カテゴリー(てーま)分けとしての哲学についてのご説明



僕の中で明確な定義がされているわけではないのですが、大学で学んだことや普段何気ないことから疑問に思ったこと、ちょっと考えてみたことなど多種多様な事柄を書いていこうと思います。


一応、大学では哲学を学んでいますが、教授や講師の方々は哲学そのものを教えてくれません。そもそも無理なのです。



野球をするにはバットとグローブとボールと人間が必要です。明確なゲームをするならその人数は18人になります。

野球を科学的に分析して、どのようにすれば上手くゲームを勝つことができるのか、これを調べることは可能です。無論、それは野球をしていることじゃない。

キャッチボールをするときは相手の向かって、○○○するんだよ。

と教えられても、それは野球をしていることにはならない。正確にいえば、キャッチボールをする際に行うと効果的である行為を教えられているわけです。一般的に言って、キャッチボールをしていると野球の練習にもみえます。でも練習であって、野球じゃない。


じゃあ野球をするってどういうことか。


最初にいったことをすることです。



哲学の場合も同様です。


哲学の授業をうけても、それは哲学を行為として行っては居ない。

能動的に哲学をしなきゃいけない。



難しいと思う。



まいくてすとーあーあーあー、


エー本日はお日柄もよく・・・