50代を迎えて、「もう遅いかな」と思っていました。
新しいことに挑むなんて、いつからできなくなってたんだろう。
それでも一歩踏み出してみたら、
ふと「私のことが好きかもしれない」と思えました。
笑顔で鏡を見る日も増え、
小さな自信が胸の奥に根づきはじめました。
「遅すぎる挑戦なんて、ありえなかった」
心からそう思えるようになりました。
50代を迎えて、「もう遅いかな」と思っていました。
新しいことに挑むなんて、いつからできなくなってたんだろう。
それでも一歩踏み出してみたら、
ふと「私のことが好きかもしれない」と思えました。
笑顔で鏡を見る日も増え、
小さな自信が胸の奥に根づきはじめました。
「遅すぎる挑戦なんて、ありえなかった」
心からそう思えるようになりました。
土曜の朝、子どもを見送って、
玄関で「もう疲れた…」って一人でつぶやいたんです。
小さな声だったけど、
それが自分にとって精一杯のSOSでした。
そう思った瞬間、スマホに表示されたのが
“こんな言葉が受け止められる場所”という紹介文でした。
「本当は誰かに言いたかった」のに言えなかった日々を、
そっと受けとめてくれる気がしたんです。
子どもが中学生になった頃から、
「お母さん」って言葉が減っていきました。
話しかけても「うん」「べつに」。
夫も「まぁ任せるよ」って、それ以上は何も聞いてこない。
ある日ふと、「私って今、誰の役にも立ってないな」と思って、
涙が出ました。
「期待される存在じゃなくなった自分」に
価値を見いだせなくて、しんどかった。
でも、そんな中で出会った「再出発できる学び」には、
“今からでも大丈夫”って書いてありました。
そこに、初めて「自分に期待してくれる場所」を見つけた気がしたんです。
ママ友とランチ。
いつも通りの笑顔、いつも通りの「わかる〜!」の相槌。
でも本当は、話に共感してなくて、
頭の中では「私、何してるんだろ」ってぼんやりしてました。
帰り道、一人で歩いていると、
虚しさがこみ上げてきて、涙が止まらなくなった。
「このままじゃ、自分が壊れてしまう」
そんな不安を抱えながら帰宅したとき、
SNSの広告で見つけた“静かな学びの場”。
「無理に笑わなくていいんだよ」って言われた気がして、
久々に深呼吸できた気がしました。
夕飯の食卓で、誰も私に目を合わせなかった。
子どもはテレビ、夫はスマホ。
なんとなく会話もなくて、
“ここに私、いる意味あるのかな”って思ったんです。
昔はあんなに「お母さん、おいしい!」って
笑顔を見せてくれてたのに、今は…音だけが響いてて。
そんなときに、ふと泣けてきた。
「こんなこと誰にも言えない」と思ったけど、
スマホで見かけた“静かに始められる環境”という言葉に、
心がすっと軽くなったのを覚えてます。
誰かのためだけに生きるんじゃなく、
「私自身にとっての場所」って必要なんだなって思えました。