正直、何度も思ったことがあります。
「離婚しなきゃよかったのかな」って。
結婚10年目で離婚して、
シングルマザーになりました。
あの時は、
「これでよかった」って思ってたし、
子供たちのためにも、この選択が正しいって信じてました。
でも、
現実はそんなに甘くなかったです。
お金は足りないし、
時間もないし、
体力もギリギリ。
朝からバタバタして、
仕事して、
帰ってきてご飯作って、
気づいたらもう夜で。
子供とちゃんと向き合えてるかって言われたら、
正直、自信がないです。
本当はもっと一緒にいたい。
ちゃんと話も聞いてあげたいし、
ゆっくり過ごす時間も作りたい。
でも、
その余裕がない。
だって、
私が頑張らないといけないから。
大人の都合で離婚したんだから、
絶対に子供たちには不自由させたくない。
そう思ってるのに、
現実は、
我慢させてることの方が多い気がして。
そのたびに、
「これでよかったのかな」って思ってしまう。
夜、子供たちが寝たあとに
一人で考えるんです。
このまま、ずっとこうなのかなって。
この生活がずっと続くのかなって。
正直、怖いです。
でも、
じゃあどうすればいいのかって言われると、
分からない。
副業もやってみました。
「これなら家でもできる」とか、
「初心者でも稼げる」とか、
そういうのも、ちゃんと試しました。
でも、
全然うまくいかなかった。
時間も使ってるし、
ちゃんとやってるつもりなのに、
何も変わらない。
むしろ、
余計に疲れて終わるだけ。
その時に思いました。
「私には無理なのかな」って。
でも、
それでも諦めきれなかった。
このまま、
時間もお金も余裕もないまま、
ただ毎日を回すだけで終わるのは、
やっぱり嫌だったんです。
子供のためにも。
自分のためにも。
だから、
もう一回だけちゃんと向き合おうって思って、
いろいろ調べていく中で、
やっと、
「今までと違う考え方」を知りました。
正直、
最初は半信半疑でした。
でも、
今までと同じことをやってても変わらないのは分かってたので、
一度ちゃんと向き合ってみることにしました。
まだ、
すごく変わったわけじゃないです。
余裕がある生活になったわけでもないし、
不安が完全になくなったわけでもない。
でも、
「このまま終わるしかない」って思ってた状態からは抜け出せました。
これは、本当に大きかったです。
今は、
少しずつだけど、
ちゃんと前に進んでる感覚があります。
もし今、
・お金が不安
・時間も体力も限界
・子供との時間も足りない
・副業もうまくいかない
・このままでいいのか分からない
そんな状態だったら、
たぶん、少し前の私と同じです。
ここでは、
その時の私が知りたかったことを、
ちゃんと残していこうと思います。
強くなくてもいいし、
完璧じゃなくてもいい。
でも、
「このままじゃ終わりたくない」って思ってるなら、
その気持ちだけは大事にしていいと思います。
同じように頑張ってるママがいたら、
一緒に少しずつ変えていけたら嬉しいです。
- 前ページ
- 次ページ
リビングの床に散らばったブロックを拾い集めながら、ふと手が止まりました。
テレビからは子供向け番組の明るい歌が流れています。今日、私が自分のために聴きたいと思った音楽は、一曲も流れていません。
子供が生まれてからというもの、私の世界は「お母さん」という役割一色に塗りつぶされました。
食べるもの、着る服、一日のスケジュール。そのすべてが子供中心。
もちろん、子供は愛おしい。
その寝顔を守るためなら何だってできる、そう思う気持ちに嘘はありません。
でも、心のどこかで、ずっと叫んでいる自分がいるんです。
「私という人間は、どこへ行ったの?」と。
世の中は、母親に対して「無償の愛」という名の自己犠牲を、当たり前のように求めます。
自分のことは二の次で、家族のために尽くすことが「美徳」であり、そうできない母親を「身勝手」だと断罪する。
その無言の圧力に押されて、私もいつの間にか「自分を消すこと」が正解だと思い込んでいました。
けれど、これって本当におかしな話だと思いませんか。
「お母さん」である前に、私は一人の人間です。 意志があり、欲望があり、成し遂げたい何かがあったはずの、一人の個体。 それなのに、親になった瞬間に「自分」という名前を奪われ、「〇〇ちゃんのお母さん」という役割の中に閉じ込められてしまう。
この「役割への全振り」こそが、実は最も巧妙で残酷な搾取の構造なんじゃないか……。
そう気づいたとき、背筋が寒くなりました。
私が「私」であることを諦めて、家族という組織のインフラに徹すること。
それは、一見すると家族の幸せを支えているように見えます。
でも実態は、私一人が不自由を背負い込むことで、他の誰かが自由に生きるためのコストを肩代わりしているだけなのかもしれない。
私は、自分のことを「愛情深い、献身的な母」だと思っていました。
でも、その実態は「自分の人生に責任を持つのが怖くて、『家族のため』という大義名分の影に隠れて、思考を停止させていた臆病者」だったのかもしれない。
もし私が、自分をすり減らして「空っぽ」のまま母親を続けていたら。
将来、成長した子供に対して「あなたのために、私はこんなに我慢したのよ」という、重たくて呪いのような言葉を吐いてしまう日が来るのではないか。
……それは、愛とは程遠い、ただの執着です。
子供に「自分の人生を楽しんで」と胸を張って言えるようになるために。
私は、私の人生を、役割の中に埋没させてはいけない。
日付が変わる前の、わずかな自由時間。
私は、誰かのためではない「自分のための学び」のページを開きました。
「お母さん」という役割は、私の大切な一部。
でも、全部じゃない。 家族を愛することと、自分を生きることを、もう二度と天秤にかけないと決めました。
私が一人の人間として輝くこと。
それこそが、この子がこれから生きていく世界を、少しだけ明るく見せるための、私にできる最大の贈り物だと思うから。
子どもが起きている時間――
「一緒にいたい」「笑い合いたい」「ママの笑顔でいたい」って、心から思う。
でも、収入は必要。
家計を支えたい。
将来のために、自分で稼げる力を持ちたい。
そんな“理想と現実のギャップ”に、ずっと揺れてた。
在宅ワークやおうち起業を選んだのは、
“子どもとの時間を犠牲にしない働き方”ができると思ったから。
“自由”と“両立”を手に入れたいと思ったから。
でも、現実は…
朝から晩まで家事や育児、
子どもがお昼寝してる合間にパソコン。
寝かしつけたあとに作業。
気づけば、子どもが寝てからしか “私の時間” が取れない。
それって、結局「子どもの時間」も「私の時間」も、
どっちも中途半端になる選択ではなかったか――。
あるとき、ふと考えた。
“子どもとの時間”と“仕事時間”、どちらもたいせつにしたいなら、
“働き方の土台”を見直さないと、両立できない――って。
具体的には、こんな小さなルールを、自分に決めた。
・作業時間は「子どもの寝かしつけ後〜2時間だけ」に区切る
・週に1日は「仕事しない日」をスケジュールに入れる
・家事・育児の時間は「作業リスト」とは分ける
・“今日の仕事”と“今日の子ども時間”を、両方「完了」にして寝る
最初は「これじゃ収入下がるかも…」って不安もあった。
でも、逆だった。
集中して作業するようになったら、
無駄が減って、心の余裕が増えて、家族の時間も増えた。
もちろん、完璧にはいかない。
予定どおりにいかない日もある。
でも、“自分なりの両立”の感覚は、少しずつ手に入った気がする。
もし今、あなたも――
・自由な働き方を選んだはずなのに、時間に追われてる
・子どもとの時間が減ってて、もやもやしてる
・本当にこのままでいいのか、自信が持てなくなってる
って感じてるなら。
私は、ひとつの「考え方」を知ったことで、
“時間の使い方”そのものがガラッと変わった。
だからもしよければ、
私がその考えに出会ったきっかけになった言葉たち、
ちょっと覗いてみてほしいです。
忙しい毎日だけど、
本当は変えたいって、心のどこかで思ってるなら。
まずは、ここから始めてみるのもアリだと思う。
「うまく言えないけど、伝えたい」
ずっと、そんなもどかしさを抱えてた。
“書きたいことはあるのに、言葉にならない”
“言語化”って言われても、
何をどうしたらいいのか分からなかった。
そのうち、「私にはセンスがないんだ」と思うようになって、
書くのが怖くなった。
でも、ある時こう言われた。
「言語化できないのは、考えてないからじゃなくて、
“感じてることを整理してないだけ”。」
この言葉に、すごく救われた。
私は、自分の中で「感じたこと」を、
そのまま誰かに伝えようとしてただけだった。
でも、伝わる言葉って、
“相手の立場から”考えた時に生まれるものだった。
そこから私は、書く前に、
「これって誰に届けたいんだっけ?」って、毎回問いかけるようになった。
自分の感情だけじゃなくて、
“相手の景色”を想像するようにしてから、
少しずつ、言葉が届くようになってきた。
完璧な表現じゃなくていい。
大事なのは、“誰かにちゃんと伝えたい”って気持ちだと思った。
👉 その視点をもらえたのが、ここでした
今でも、「これで伝わるかな?」って悩むこともある。
でも、以前みたいに「何も書けない…」とはならなくなった。
言葉は、感情の道具。
だったら、自分の感情を信じて、ちゃんと使っていきたい。
正直に言うと、
“ビジネス”って言葉、ずっと苦手だった。
「ビジネスやってます!」って言う人を見ると、
なんか自信満々で、キラキラしてて、言葉に重みがあって、
私はそのたび、「私にはムリ…」って引いてた。
だって、私がやってるのは、
月5万円〜10万円くらいの在宅ワーク。
おうちで、ちょこちょこ作業して、なんとか収入にしてるだけ。
名刺もないし、法人登記もしてないし、何なら得意なこともわからない。
だから、「ビジネスです」なんて、言えるはずがなかった。
——と思ってた。
でもあるとき、
「なぜ“ビジネス”という言葉に、こんなに距離を感じるんだろう?」って、
ふと疑問に思った。
わかったのは、
“自分が自分の働き方をちゃんと理解してなかった”ってことだった。
ただの副業?
おうちで内職?
スキマ時間での小遣い稼ぎ?
そうやって、自分で自分のことを小さく扱ってた。
だけど、本当は違った。
ちゃんと自分の時間を使って、
誰かのためにサービスを届けて、
対価としてお金をもらってる。
それって立派な「ビジネス」だった。
私が知らなかったのは、
「ビジネスの本質」だったんだ。
そのことに気づけたのは、
ある日読んだこの無料メルマガのおかげ。
そこに書いてあったのは、
「売り上げを上げる方法」でも「SNSの攻略法」でもなかった。
もっと根っこにある、“ビジネスの意味”。
もっと人間的で、もっと実感のある、働くことの土台だった。
読んでるうちに、涙が出た。
なんでだろう、「あ、私、いていいんだ」って思えたからかもしれない。
それから私は、
「ビジネス」って言葉を、怖がらなくなった。
むしろ、「私もちゃんとやってる」って、胸を張れるようになった。
まだ稼げてるわけじゃない。
でも、もう“自分をごまかさない”って決めた。
もしあなたも今、
・“ビジネス”って言葉にビビってる
・「私なんて」って無意識に思ってる
・誰かの前では“頑張ってる風”で、内心はしんどい
そんな状態だったら、
このメルマガ、ちょっと読んでみて。
「私は、何も間違ってなかった」
そう思える時間が、きっと来るから。
