【私説】日本人と日本語 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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日本人というのは、いくつもの民族が混在して日本人と言うアイデンティティをもった、たいへん不思議な民族である。

それはY染色体を見てもわかるが、日本人ほど多様な組み合わせをもった民族が混在する国は、現在の地球上には存在しない。

遺伝子を見ただけでも、日本人がいかに平和的な民族集団であるかは明白だと言ってよいだろう。

と言うのは、ヨーロッパやすぐお隣の大陸や半島では、Y染色体ハプログループは大きくは新しい民族の2つか3つのタイプが大半を占めており、古いパターンは皆無に等しい。

これは歴史の本を読めばわかるように、欧米や大陸・半島などでは、先住民族や近隣民族、あるいは前の支配民族を徹底的に殺戮していったことによる。


ところが日本では、アイヌの形質をもつものを主として非常に多くのパターンが散在しており、中には世界で日本人にしかない古いパターンを持つ人もかなりいる。

これは、互いに民族を滅ぼすような殺戮はしてこなかったことの証明だ。


義務教育などのの歴史の授業では、弥生人と呼ばれる大陸からやって来た新日本人がアイヌを駆逐していったということになっている。

ところが、Y染色体を見れば、この話がかなりおかしいことが分かる。

日本人男性の4割くらいは、アイヌの形質を受け継いでいるのだ。

もし従来説のように大陸の弥生人とやらが旧日本人であるアイヌを追いやったならば、それは大陸や半島、あるいは西欧のように、非常に単純なY染色体存在比になっていくことが自然である。


ところが、現実は違っている。

約半数は、アイヌ人的なのだ。

草木もの言ふ感覚と言うのは、実はこのアイヌの地に関係があるかもしれない。


日本人集団と言うものを世界遺産にしてもよい位の、非常に古いものから新しいものまで、雑多に混在している。

憲法9条を世界遺産に推薦するなら、私は日本民族の存在を絶滅危惧種として世界遺産に推薦したい。

それは科学的にも明白だからだ。

遺伝子的には、日本人グループは奇跡的な存在でもある。


その混在は、他の民族を徹底的に抹殺したりしないで、互いに融合しながら生活をしてきた平和的な民族集団であったことをも意味する。


このような寛容性は、言葉の中にも表れている。

日本語と言うのは、古墳時代から大陸から伝わった漢や呉の言葉をどんどん取り入れて、日本風に加工していった。

また、てんぷらやシャボンのように、安土桃山時代に輸入しすっかり日本語になってしまった西欧の言葉もある。

明治以降は、英語などを中心にその比率は増大していった。


こうした日本語を調べていくと、一部学者などが主張している、日本人は半島から多くの文化を取り入れたという説が非常に疑問に思われるようになってくる。


遺伝子的に現在の半島人が日本人の主たる祖先である可能性はほとんど0%であるが、言葉などに関しても半島系の影響は意外かもしれないが、かなり低い。

擬態語や擬声語、あるいはスラングなどを除くと、基本語で共通するか類似する言葉が少ないことに気付くはずだ。

双方の類似語は、実は共通の輸入元である漢などの言葉、つまり漢音などの朝鮮方言と日本方言であることが分かる。


文化と言葉は、ほぼ同時に入ってくる。

それは、現在急増しているコンピュータ用語などを観てもわかる。

逆に言えば、その言葉がほとんど見当たらないということは、文化がそこから輸入されたものではない可能性が高いとも考えられる。

半島には15世紀あたりまで自国文書が無かったし、かつそれは漢文であるため、古朝鮮語については推測しかできない。

もし、現在のハングルで漢音など大陸言葉の影響のある言葉を除いたものが古朝鮮語に近いと考えたならば、日本語と共通する基幹語はほとんどなくなってしまうだろう。


現在の朝鮮語であるハングルと日本語の文法的な共通点は、ともに膠着語のアルタイ系言語であり、語頭にRまたはL音を持ってくるのはタブーだったということくらいではなかろうか。

しかし、膠着語はトルコからモンゴル、満州、日本にまで広がっている、現在中国語と呼ばれている言語を除けば、アジア北方ではごく普通の言語体系だ。

余談だが、日本ではなぜか中国語と呼んでいる、今のアジア大陸東部・中華人民共和国中北部で使われている言語は膠着語でさえなく、構造的には日本語と英語以上の差異がある孤立語である。


なお、現在のハングルの母音の多さは日本語と比較しようがなく、母音や母音で終わる語であることを考えると。と日本語はハワイやニュージーランドマオリなどの使っているポリネシア語と同じである。

ポロネシア語の語の並びは特殊で、日本語にも欧米語などにも、いわゆる中国普通語にも異なる。

ただし、日本語の強調表現である倒置文には、たいへん似ていると思う。



結論として、日本人は平和的なアイヌと南洋の民族、並びに長江付近からの民族などを中心に混在しており、おそらく5000年位前には現在の日本人の構成にかなり近づいていったのだろう。

これは、遺伝子の変化確率などからも言えるのではなかろうか。


ただし、文化的なものはエジプトや中東の影響も強く受けている。







本居宣長であったと思うが、このあたりは江戸時代にすでに気づいていたと思われる。


日本語を知るには、まず古墳時代など以降に入ってきた漢音言葉や呉音言葉を除いて考えなければならない。



こうした作業をしていて残ったものが、古来の日本語と考えることができるだろう。



たとえばそれは、うららかとか和やか、あるいは寂し、などと言った言葉である。



しかし、こうした古来の日本語だと思っているものにも、てんぷらなどのように、実は古墳時代前後、あるいは奈良時代以降に入ってきた言葉があるかもしれない。


そのあたりに関しては、また別の機会に述べようと思う。