(小説)冥界を明解に語る (難) | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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俺:別の師、お訊きしたいことがあります。


別の師:儂に答えられることなら答えるが、答えられないものは答えられない。


俺:冥界という言葉を聞いたのですが、さっぱり分かりません。明解にお答えいだだけますか?


別の師:それを明解に答えられるなら、儂はここにはおらん。


俺:はあ、さようで。
しかし、別の師は、あちらの世界に滅法詳しいような気がします。俺なんかには思えますが。

別の師:詳しいと分かるは違う。
また、分かったと思ったところで、まだまだ薄皮1枚が見えただけ。
儂のレベルでは、冥界どころか現世のことさえ、上っ面しかわからん。


俺:えーっ。
俺にとっちゃ知らないことはない別の師にして、そうなら、俺なんか……。


別の師:ところで、お前が一番信じているものは何だ?



俺:俺ですかあ。
テレビの占いとか花占いは信じないしなあ。

神社やお寺にはよく行くけど、お賽銭も滅多にあげないし、おみくじもまずひかない。

つうと、神様仏様じゃあないなあ。

あえて言えば、科学かなあ。
科学ってえのは、誰がやっても同じ結果が得られる。
そこには、超能力もハンドパワーも必要ないし。

だから、多分科学かなあ。



別の師:ほう。
じゃあお前は、科学で世界のことがどれくらい分かると思う?


俺:そりゃあ、科学万能じゃあないのは知ってまさ。 だから、せいぜい、世の中の半分くらいでしょうね。
だいたいのことは科学で説明がつくけど、知らんことも多そうだから、ホントは9割以上と言いたいけど、少し遠慮して、5割くらいかと。



別の師:ハッハッハ。
確かに何も分かっていないようだな。


俺:へぇ?


別の師:今の科学で分かることなんざ、世の中の1割どころか、米俵の中の米粒1つわからんよ。



俺:へっ?

別の師、そりゃあんまりだ。科学でずいぶん分かることがありますよ。テレビニュースがいかにインチキ情報を流しているとか、……。



別の師:そんなちんけな話ではない。


俺:じゃあ、どんなことで?


別の師:お前は明日のこの時間、どこで何をしているか分かるのか?



俺:そんなことわかりっこないでしょうよ。


別の師:そうかな?


俺:ええ。無理です。


別の師:例えば、ここにパチンコ玉がある。これをはじくと、ほらそっちの角に当たって跳ね返った。
お前の最も信頼している科学によれば、この世のものはすべて原子核と電子のような小さなパチンコ玉でできている。だから、このパチンコ玉のように、動きが決まっている。
お前も含め、みな原子電子の玉突きと同じだ。だから、動きは決まっていて、正確に計算すれば、その玉の動きがわかる。
つまり、次にどう動くかわかる。これをマクロ世界に応用すれば、お前の未来も分かるのではないか?



俺:別の師。
冗談が過ぎます。
それはリンゴをかじって歯がとれた、ニュートンが考えた古典的なものの考え方。 ダビックスの幼稚園お受験生なら、誤りに気付くかも知れませんよ。

ある物質の位置を特定すると、その速度は特定できなくなる。
電子などでは測定するという行為自体により、電子の位置が変化してしまう。

つまり、ものの位置と速度を正確につかむことはできない。 また、電子は原子核の周りを回っているというのは義務教育までの話で、現実には確率的に存在するだけとなる。
だから、未来はパチンコ玉の行方のように計算不可能だ。だから、未来のことはわかりっこない。

違いましたっけ。



別の師:ハッハッハ。少しは学んでいるようだな。
しかし、そこまで知っているなら、ブラックホールの光脱出重力境界で起こる現象も分かるじゃろ。



俺:ええ。不確定性原理により、ブラックホールは巨大化するどころか、消滅する可能性もわずかにあります。


別の師:ほら、あり得ない世界が科学でさえ分かるだろうが。




俺:お言葉ですが、別の師。
これははるか彼方の宇宙。それも太陽だの天の川だのといった、ゴミにもならない小さな世界の話ではありません。俺たちには全く関係ありませんよ。
そんな俺たちの物理、常識の通じない世界は。






別の師:そうかな?
ドナルドダックならどうだ?


俺:ドナルドダック?


別の師は、時々わけの分からないことを言う。
これは修行である。

俺:ドナルドダック……。
俺は眉間にシワを寄せた。
3分くらい経った。

と、別の師がヒントを出してくれた。


別の師:山梨から名古屋に伸びるやつだ。



俺:山梨から名古屋。
うむ。新幹線かあ。
リニアモーターカー。
ドナルドダック。


あっ。
俺は思わず大声をあげた。


別の師:分かったようだな。



俺:はい。ヘリウムⅡ。


別の師:あれはお前の知っている科学ですべて説明できるか?


俺はうなった。
ヘリウムⅡの極低温での挙動は実に不思議だ。まるでこの世から重力が無くなったような動きをする。もちろん科学で説明はできるが、十分ではない。



別の師:いいか。この世のことさえさっぱり分かっていない。

そんなお前に、冥界のことが分かると思うのか?

考えられると思うのか?



別の師の言葉に、私は声を発することはできないでいる。





ハッハッハ。

そういうと別の師、またの名をハーディスは、夏草の生い茂る土の中に消えて行った。