『信長と家光』 その7 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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じっちゃんよ。ちいと口はさんでいいか。
天海は比叡山に学んだから、天台の天をつけたんと違うの?



まあ、それが一番分かり易いが、ちいと違うな。
天海、つまり信長は天下人であったし、将軍も朝廷も抑え込み、また、バテレンを含む宗教でもトップにあった。

が、武士の総大将にはなっていない。これも天武に関係がある。
とにかく、将軍の足利を見下した存在。常識的には、武士の大将になって当然だろ。




ああ、征夷大将軍のこと?



うむ。
そうじゃ。




それって、織田家は平氏だからじゃないの?



まあ、いい。
これにも深い事情があるが、また別の時に話してやる。

ところでだな。
当時の、武家の決まりを知っているか。




うーん。
上の命令は絶対で、逆らったら打ち首か、切腹。




はっはっは。
テレビかマンガの見過ぎだな。
そんなだったら、下剋上などあり得まい。




ああ、そうか。
むしろ逆で、なんでも有り?




うむ。それに近い。
だから、殿様だって、いつ寝首をかかれるか分かったもんじゃない。
とは言っても、光秀が信長を打つのは、あまりに不自然だった。だから、本能寺の変の後、秀吉は必死に信長の遺体を探したようだ。が、もちろん、遺体は見つからなかった。

当時のなんでもありの世界を代表する話に、こんなものがある。

松永弾正って知っとるか?




ううん。




こいつはすごいぞ。
いくら下剋上の世とはいえ、まずは、主君を殺し、時の征夷大将軍足利義輝を殺し、奈良の大仏を殺した。 いや、焼き払って首無しにしちまった。

よほどの人物でも、一生にこのうちひとつできたら大物。
それを3つもやりおった豪傑だ。
信長が、そんな紹介をしたらしい。
確かに、信長以上のムチャクチャをやったやつだな。


で、そんな世の中だ。

武家の決まり。

それは、家を途絶えさせないこと。血を繋げることよ。
そのためにはどうするか。

これは、親兄弟が敵味方に分かれて戦った平安末期から、同じような方策を使う。

分かるかな?




平安末期?
ああ、平氏が力を持つきっかけとなったやつだね。
えーと、前九年後三年の役とかいうのがあったなあ。



まあ、名前などどうでもよい。
生死を分かつ戦いには、一家が団結しつつも、実は敵側にも親戚を遣わす。

これはな、自分の血を残そうとするDNAの使命、まあ、生き物の本能のようなものだ。

でな、信長はこの分割に力をそそいだ。

とりあえずは天下人となった豊臣に、長女の茶々。

末娘のごうは、次の天下人と見た家康の跡取り秀忠へ。

さらにここが信長らしいところだが、あるいは日の本がバテレンに乗っ取られた時のことを考えて、次女の初はバテレン系の京極家。




が。

信長が力を発揮するのは、ここからじゃよ。





つづく。