前回のブログの後ほどなくして、私は車の運転練習を(嫌々)はじめた。

そして最近では複雑でない道なら一人で出かけ、駐車し、買い物して帰ってこれるまでになった。

 

努力して苦手を少し克服する感覚、普段褒めない人に褒められる感覚、非常に良い。

 

夫は大変満足な様子。

 

つまり我が家に平和が戻った。

夫は私のことを家政婦と表現し

夫は自分は運転手だと言う


夫は家事は出来るがしたくない

私は免許はあるが運転が怖いつまりしたくない


家事はほぼ全て私がやっており

負担が大きいのではとボヤくと

「じゃぁ運転して。」と

イジワル顔で言って来る

俺は家事出来るからと


でもさ家政婦は毎日仕事で

運転手は週に1-2回の出勤よ

労働に格差あるよね


優しさに飢えてる

順調な年イチ更新。


で、去年の下半期はどうだったわけ!?

過去は振り返らないタイプなの。で終わらせてもいいけど、ひとつだけ覚えているよ。というかもはやひとつだけしか無かったかも。


去年後半は仕事が忙しすぎて朝から晩まで、週末も休みなく、申請した有給も取れず、年末実家にも帰省できず、正月も2日からひたすら仕事ばかりしてた。


もう疲れて疲れてツラいのに仕事が寝てても頭から離れなくて身体もメンタルも崩壊寸前だった。

人材不足に対応しない上司も、自分の担当の仕事を先にやれと言ってくる客たちも、残業すると機嫌が悪くなる夫も、みんな嫌いだった。

(今思えば夫はちょっと可哀想、ごめんよ)


一緒に働く同僚たちがみんな同じレベルで働いていたから逃げ出さずみな戦友と思って頑張れたけど、それはそれで良くない、やりがい搾取も甚だしい。こんなひどい会社辞めてやるぅ!と心に誓ったはずなのに、1年経ってもまだ同じ職について「ヘイ、喜んで!」のノリで働いている。バカなの?


まぁ、そんな感じの振り返り。


辞めたい気持ちと転職に必要なあらゆる労力を天秤にかけると、完全在宅だしぃ、自由度高いしぃ、慣れた仕事だしぃと変化イヤイヤ病が出て終わる。でもね外資系なんて転職してキャリアアップしてなんぼなのに、私10年も同じ職で昇給もなしに働いている、客観的に見たらイタイ。自分の安定志向が仇となってる。でもイヤイヤ。


辞めても夫がいるから大丈夫でしょうにと思われるかもだが、支出は完全折半なため仕事を辞めるというチョイスはない。以前夫に仕事をやめたら養っていただけるのでしょうか?と投げかけたら「え、なんで?」と返事がきたよ。まぁそんな関係です。


「金銭的に自立した女性」が理想だったので、その部分では満足。誰にも気を使わず買い物出来るのが最高。大きな買い物じゃなくて主に食品とかだけど、ちょっといい調味料とか、フルーツとかね。


この理想に拘りがあるのは、子供の頃欲しいものほとんど買って貰えなかった恨めしい気持ちが大きく影響している。誕生日もクリスマスもあってないようなものだったから。あの幼い頃の私が欲しかったもの今なら何でも買ってあげられなぁ。


でもさ、私の理想と逆で仕事しないでも、好きなだけ買い物して、海外もさくっと行って、楽しく暮らしている友人知人たちをみると純粋に“羨ましいなぁー”と思う。200%思う。500%思う。


自分のマインドセット、ミスったかなぁ?と悶々としている。

唐突に今年の前半を振り返る

 

どうも今年は気持ちの乱高下が激しい

これは別に更年期が始まったとかではなくて

不測の事態につきメンタルにダメージガッツリきちゃう感じのやつ

ぽっちゃり体型に変化はなしだが内心ゲッソリです

 

今年に入り起こった出来事

  1. 流行りの病に感染
  2. 客先が大リストラで、担当者が数名突然いなくなる
  3. 同僚のリストラおよび退職で仕事と責任が増える
  4. 流行りの病の影響でオフィス閉鎖、完全在宅勤務になる
  5. ゴルフ初心者、人生3度目のフルラウンドでホールインワン
細かく掘ればもっともっといろいろあるのだけど(眼鏡が合わないとか。。)
とりあえず上記の出来事だけでも気持ちが大変
 
流行りの病についにかかったよ
熱は微熱だったが喉が焼けるように痛かった、倦怠感も相当続いた
外出時のマスクはしばらく続けようと誓った
 
仕事関係はやはり外資系のデメリット
本当に突然パスっと切られて連絡が途絶えるんです
そしてそれについて補足や説明もないから
なんかメール返信遅いな、え?もしかして?ってこっちが察するしかない
 
社内(こっちも外資)でも解雇があったので
自分がそうなるかもしれないハラハラと同僚が突然いなくなる切なさを
憂鬱な気持ちでやり過ごしていました
 
5つ目はおまけ
まだ初心者すぎて、嬉しさをあまり嚙み締められないという事態でした
 
後半はもっと穏やかに過ごせますように
 
 
覚書:七夕の短冊には"痩せる"と書いたよ

自分のブログの存在を忘れてしまうほど
必死に生きてきた。。。というほどでもない

前回から約10年もたっているなんて
そりゃ記憶力も体力も落ちるわけだ
もともとないけど

小学生が成人してしまうほどの時間
わたしは何をしていたのか

当時の彼は夫となり
当時勤めていた会社の正社員となり
人間関係やら責任やら。。。

数年間大金はたいて妊活したけど授かれず
生きる意味ってなに 
明日死んでもいいわ 
くらいまでメンタル落ちたら飛行機乗るの怖くなくなった

将来とかは言わなくなって 
老後どうするの方がしっくりきてる

相変わらず感情は上下するけれど
なんとかバランス取りながら
人間として生きています

初ゼクシィを彼と買いに行ってきました。

スゴイ厚みと重さ。

記念に写真撮るほど
嬉しかったです。
年始から続いた激務も今日でひと段落

いくつか反省点はあるけど
持っているスキルの集大成って感じで
十分にやりきった気持ちよさがあります

今回はいつもと違うプロセスを踏んだプロジェクトだったので
勝手が違うし時間がないし
コミュニケーションが難しいし
とにかく一人でも進めなくちゃという必死パワーが炸裂
その分消耗も激しかったです

しかしなんでこんなにしんどい思いをしてるんだろう
ふと疑問に思ったりして

仕事よりお金より
もっと大切にしたいものがあるのに

ひと息ついて頭がスッキリしてるうちに
今後のこと考えなくちゃ
年末年始の
好きなものを好きなだけ食べてよしキャンペーンは終了

来週月曜日に健診を予約したし
今年は姿が写真に残るかもしれないから

引き締めていかないと

ストレッチくらいは
毎日の習慣にできればいいのにね
寒さが厳しくなってきて
本格的に冬到来です
また風邪を引かないようにしないと

彼と暮らし始めたのも冬でした
もうすぐまる5年になります
実は暮らし始めた当事は付き合っていたわけではありません

仕事のストレスで心身ともに壊れてしまっていた私が
沖縄移住を計画していたとき
無職で受験生の彼が
当事住んでいた賃貸の契約更新が近づいているし
勉強はどこにいても出来るという考えで
私の移住プランに便乗しただけの
いわゆるルームシェアとしての同居スタートでした

ただし私は彼に好意を持っていたので
ウキウキ同棲気分でした
でもそんな浮かれ心はすぐに消えさりましたけどね

彼は物腰柔らかで
人の話もちゃんと聞き
細かな心配もしてくれる
私にとって救世主のような存在

だったのですが

一緒に暮らし始めると
あれは外面で実のところは全く違うことが判明

基本は冷たい(ぶっきらぼう)
理解できないことを押し付けられると腹がたつ
世の中の常識としては。。みたいな考え方がものすごく嫌い
片付けが苦手
運転が荒い
他人に厳しい

などなど
ヒトは瞬時には分からないものですね
理解するなんてことは
早々できるもんじゃないです

でも
あれからはや5年
いまでは彼は私の一番の理解者で
私も彼のことをだいぶ理解した上でも
本当に大切な人になりました
いつからかははっきりと言えないけど
彼も私のことを
よきパートナー(いわゆる彼女)として
扱ってくれるようになりました。

そして いよいよ
お正月に彼のご両親に挨拶に行くことに

こんなに長く暮らしているし
彼の実家もさほど遠くはないのですが
お会いするのは初めて

緊張するけど やっぱり嬉しい

こんな日が来るなんて
そんな出来事が少しずつ起きています

かみしめて 生きないとね
今週から年始がスタートしたとは思えないほど
頭がお仕事モードです

去年の年末に人が減って
ある程度忙しくなることは想像していたけど

ここまでですか!
現在フルスロットルでこなしてるつもりだけど
たいしたパワー持ち合わせてないので
頑張らんとな
あっ、頑張るってあんまり言わないようにしないと