アイコンママブロネタ「お仕事」からの投稿

ただいま現在育休中です。 昨年、保育園に空きが無く、一応マックスで育休を申請しており、保育園空き次第復帰という状況。

制度的に3年間の育休を取得でき、某新聞社が主催する【女性が働き易い会社ランキング】でも上位の会社です。
ただ、私は正社員では無く、臨時職員というか、微妙な身分です。 それでも、社内制度が激変して、私のような立場でも組合員となり、正社員と同等のある程度の制度が解放されているのは有難い事だと思っています。

いろいろ同居の義父母にも迷惑をかけるであろうと思い、皆で相談しました。 今年の4月、保育園に空きがあれば2歳目前ですが保育園に入れて復帰することを予定しました。
「主婦は二人要らない。私ももう仕事も辞めるし…保育園にも送って行くし」 という義母の言葉。
もちろん同居とはいえ、私達家族の事…義母が何と言おうと、園の送り迎えは基本は私、朝食も食べさせて、っていろいろ考えていました。
なにより復帰して関わる時間が短くなる分、私がやりたい。義母に負担をかけないようにと思っていました。

その後、何度か義母と保育園について話す機会があり、その度に、
「私はこの子が保育園に行くなら絶対仕事辞める。シンドイし、ちょうどいい」とか
「保育園でいろいろ遊べるねー」とか雑談もしていたんで、保育園には前向きかと思っていました。

ところが、ところが、ですよ。 今年に入って、具体的に保育園や復帰の話をする度に、やはり家にいた方がいいんではないかなとなってきて、雲行きが怪しくなりました。
先週決定的に義母から、 「わたしは今のお仕事辞めないつもりなんで、保育園入れず家でみてやって」 と、切り出されました。

私があれだけ、市に書類を提出する前に相談して、やっと決定した事柄がいとも簡単に覆される事。まぁ、他にもこういう事はよくあるんですが、私が融通性無いせいか、本当に困るのです。
『お母さん、確かこう言ってましたよね(°_°)、だから念押したのに…』 と、常々思います。

外孫で1人だけ保育園に行っていた子がいるんですが、その子でさえ3歳前で、しかも時間が短かったと。
私の事だから、仕事優先になるだろうと。
どっちか(自分か嫁)が、家にいない状況で保育園に行かせられない。
とまぁ、いろいろ言われましたさ…。

で、私からの反撃。先ずは我が家の経済状況。例え働いてプラスにならなくても、働かなければマイナスが増えるという事を正直に説明。園の送り迎えは自分でするし、病児保育も利用できるので、義母が働いていてもなんとかなる、と。
しかし、家の事は倹約節約して何とかなるはずと。働き出して外に出たら、それなりの出費もあるし、結局はムリなのでは?と。

とうとう、普段は無口なこの家の柱、義父まで登場してきて、来年まで家で息子をみなさいという事になってしまいました。

制度で育休が取れる有り難さ、協力を惜しまない義父母が同居している有り難さ、ある意味、恵まれていると思います。
後は夫婦でいかに家計をうまく回すかという経済力、義父母に負担をかけるのは目に見えていますが、今は仕方無いと割り切る鈍感力、日々出来ることすべきことをし、会社と家庭に感謝の気持ち、これらを常に持ち合わせることでしょうか、ね。

私がブレずに、私達夫婦の決定です!と言い切り、今期4月復帰ゴリ押しできれば良かったかなと思う反面、そこまでしたら同居で亀裂が入るかもとも思い、まだ揺れています。

例えトントンかマイナスだったとしても、私が働かないという経済的な不安、制度ではあっても正社員でさえ2年を超えて育休取得してないんじゃないかという不安、もろもろあります。 事務方では未婚でキャリア積んでいる女性が多く、時短者とかに風当たりが強かったのを見てきているので余計に不安です。


でも、きっと私が居なくても職場は平気ですが、息子は私が居なかったら平気ではないし、なと…。 堂々巡りで迷っています…。


TKOのコント。

今頃?ですが、娘の小学校で流行っているそうです。
男子がことごとく人形になり
【毎日、話しかけるから、話せるように、なたよー】
と、シュールな光景らしい。

年末のガキ使でちょっと登場してたせいもあるかも?


娘がもっと観たいというので、動画探して一緒に観ていたら、息子号泣。
しゃべる人形が動いた辺りと、たけちゃんが次第に発狂していく様で(°_°)。

小さい子は無理のようです(O_O)。
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I am the master of my fate:(我が運命を決めるのは我なり)
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【INVICTUS】
ネルソン・マンデラ氏を描いた映画。演じるはモーガン・フリーマン。大好きな俳優さんです。

昨年12月、ネルソン・マンデラ氏が亡くなりました。
人生の1/4近くを獄中で過ごし、それでも反アパルトヘイトへの信念を曲げなかった弁護士であり、政治家であった不屈の偉人。
まさにINVICTUS。

昨夜、テレビで彼の偉業を少し放送しており、それを観ていてふと思い出した曲。

80年代に発表されたArtists united Against Apartheid  というプロジェクトによる『Sun City』。

同時期『We Are The World』がものすごいヒットとなっていて、チャリティーソングが流行っていました。
こういったポリティカルな曲で、複数アーティストによるプロジェクトという事、反アパルトヘイトというキーワード、これ位の予備知識でMTVなんかでよく観ていたと思います。
そのPVと共に、鮮明に今尚耳に残るこの『Sun City』。



1994年という年、アパルトヘイトが完全撤廃。
何だか昔のようで、ほんのちょっと前。人種の坩堝でない日本、無い訳でもないけれど、激しい差別の無い日本にいると、つい忘れそうになる。
近代どころか、現代まで基本的人権を奪われている人がいる事、そして今も。
タリバン政権下の女性の様に…。

何かを思い出したり、知ったりするキッカケに、テレビは有用だと思えます。
ふと何気無く、受動的に受けたテレビの情報で今ある世界の過去と今と未来を垣間見る事ができて、多くの人がちょっと何かを思う術になればいいのにと、そんなテレビプログラムが増えればいいのに、と思います。

アイコンママブロネタ「おでかけ・旅行」からの投稿

日曜日、家中のお札と破魔矢を集めて、門戸厄神さんへ返しに行きました。

例年同じ頃に出掛けているのですが、今回は日曜日だからか、とんでもない賑わいでした。
スマホを家に忘れていたので、画像が無いのですが、凄かったです。

まず、駅に着いてすぐ、いつもはない出店と人混み。
更に迂回路が設定され、行きは大きく迂回。順路にはたくさんの出店。
いつもなら駅前でパン買って、のんびり参道を歩き、お参りして帰りにぜんざい食べてってパターンですが、人の波でそれどころではなく…。

ただ、迂回路の途中にパン屋さんがあり、そこのレーズンパンがとんでもなく美味しかったのがラッキー。

更に、警察に加え、消防隊も警備?で出ており、そこに一台の消防車が止まっていました。 はたらくクルマのファンの息子が見過ごす訳がありません。小さな人だかりがあり、子供が記念撮影してもらったりしてるではないですか!!

『うーうー』と何故かパトカーのサイレン音を真似して騒ぎだしたので、お願いして記念撮影。


消防車の後ろに乗せてもらいました。


消防士さんのヘルメットを被らせてもらいました。


スマホ忘れたので、父ちゃんのスマホで撮影。消防車に乗ってる事が分かる引きの画像が無く残念。
消防車に乗せてくれたり、消防隊の人々は快く撮影にOKを出して下さいました、有難う御座いました。

帰りは大阪市内、それこそ久々のグランフロントをウロウロし、中古CD巡りなどしつつ、帰って来ました。
しかし、グランフロントはまだ自分が行き慣れてないせいか、ベビーカーでの移動はストレスでした(°_°)。


大人買い…私が小学生の頃は想像も付かない買い物。
父が仕事帰りに買ってくる、世界の文学を一冊一冊楽しみにしてた昔。
漫画雑誌やゲーム、お人形やオモチャと無縁の私の子供時代。

今は、何でも溢れてるし、なんでも買ってしまうなぁ。

娘のお年玉は預かって貯金したものの、一部。
後は壊れたDS3がデッカくなり、漫画買ってる娘。

私が深夜アニメを録画しちゃったからだけど、娘の方がハマってしまい、残ったお年玉で大人買い。
父ちゃんもヘルプ…なにせ、娘には甘い。
(自分にも甘い、否、みんなに甘い)。

【鬼灯の冷徹】現在12巻まで刊行。
1-6、9巻を買った娘…ガチャガチャ一個200円…3個。





かくいう私も、記念すべき第一回放送で流れた特別エンディング曲をiTunesでDLしました(200円)。
某●立製作所のCM曲に激似の曲、耳に残ります。


『大きな金魚の木の下で』

🎶この木なんの木、泳げそう…。