N e w  Y o r k B l o w -NYでもタコ焼きを焼く英国人へ- -330ページ目

ジーザス・イン・ダ・ハーウ

カナで書かれると、???、一体何の事?と思われるだろう。
英語で書くと、
 
 
Jesus in da house だ。
 
 
今日はこのhouseについてのお話。
 
先週ハーレムに住む同僚に誘われ続けていた所へ行って来た。
行った先は教会。
毎週教会に行く程敬虔なクリスチャンではないが、
色んな事を考えるには静かで凛とした空気の有る教会は、
私にとって最適の場所だ。
しかし今回はそういう時間を持つ為に行ったのではなく、
別の目的だった。

同僚のジョージは、3人の子を持つ40代半ばのブラック。
ブラック特有の強面なのだが、
笑うと綺麗に並んだ白い歯を見せ乍ら、
それとは反対に愛らしい笑顔を見せてくれる、
とても人間味溢れる性格で、尊敬する人の一人だ。

観光地やショッピングセンターへ遊びに行くのとは違い、
教会などという普段は家族としか行かないような場所へ、
私を誘ってくれた時は家族の様に扱ってくれているかに思えて、
実の所内心とても嬉しかったのだ。
だから二つ返事で行くと言ったは良いものの、
諸事情により約束の延期を何度か繰り返していた。

漸く時間の都合をつけて「いざ、出陣!」と出掛けたのは、
白地に赤茶をレイアウトした普通のハーレムの教会。
入口でジョージの子供と待ち合わせていたので、
10分ほど仕事の話などをし乍ら待っていた。
彼が私を誘った理由は幾ら聞いても、
「行けば、判るさ」と教えてくれなかったので、
少し秘密めいた感覚と彼の雰囲気が、
何度約束がダメになっても私の気持ちを萎えさせる事は無かった。
だから何度も頭を下げつつも彼は「その時」を笑顔で待ってくれた。
だが話をし乍らも見ていたら、明確な違いが見えた。
それはこんな夕方だというのに、確実に若い子が集まっているのだ。

誘われた教会に行ったのは、夕方6時頃。
普通NYの若い子なら、こんな時間に遊びに行ってるのが普通。
でなきゃバイトに行ったりしていて、当然家に帰ってる事も無い。
母親や父親と一緒に来る子も居れば、姉妹兄弟で来る子も居る。
外で待ち合わせたり、家から一緒に来る子。
見る見る集まる、中高生の若い子達。
一体何故...?
余計深まる「秘密的不安感。」
そう思ってジョージに聞こうと思っても、
ジョージの子が駆け足でやって来たので後で聞こうと思い、
子供達と顔を付け合せた。

ジョージの子に一通りの挨拶をしながら、中に入ってビックリ。

 


一目瞭然で、ヤングが多い!



 
そして逆にオールドが少ない!




 
敬虔なカソリックばかりの教会でも、
こんなに若い子が集まる事は無い。
大きな聖歌隊のある教会でも、これだけのヤングを集めるのは難しい。
ジョージは未だに何故この教会へ誘ったのかを私に伝えてくれず、
私はどんどん不安と苛立ちが増して来た。

ハーレムの教会と聞いて連想するのは、日本人ならゴスペルだろう。
私の友人の何人もが、ゴスペルの「聞ける」教会に連れて行ってくれと、
NY旅行の前のプランを練る時に必ずと言って良い程言って来る。
だからゴスペル系の変異性のかな?と思いつつ、付いて来た。
着席してからそんな事をずっと考えてると、
ミサ(というのか?ここの場合?)がスタート。

ここはプロテスタント教会。
以前式には参列した事が有るので、進行は承知していた。
祭壇の右側には教会では余り見慣れない物が有るものの、
何の変哲も無い行事進行。
式は粛々と進行して行ったが、変化は突然やって来た。

聖歌隊が行進して会場に入ろうとした時、
普通ならパイプオルガンや普通のオルガン演奏と共に入って来る。
それが、ハイテンポの音楽と共に行進してきたのだ!
一瞬「え?!間違い?どっきり??」と思ったが、
ここは神聖なる神の家「教会」。
私をターゲットにこんな大仕掛けのどっきりを仕掛ける無いので、
機材のミスオペレーションかと思ったら、
マジもマジ、えらマジの説教が始まった...。

黒い式服の上に揃いの赤いTシャツを着込み、
ギャングやラッパーがよく被っている、
赤や黒のスパンのキャップを頭に行進した聖歌隊は、
ヒップホップ音楽に乗せて唱える説教の台詞は聖書からの引用、
これまたヒップホップ音楽に乗せては問い掛け、応答する。
予想以上の驚きに、えーーーっ!と思っていると、
さっきまで誰も立ってなかった場所に人が立ち、
僕しかリズムを取り易い様に「或る物」を真剣に操っていた。


その或る物とは...





DJ用のターンテーブル!!





そしてそれを操る人物は、クラブに居るDJそのものだった!
(ヘッドフォンを半分掛けて音の出だし確認をしていた)







先づ教会に入って見慣れないものに気を取られたのは、
このターンテーブルだった。
NYと言えどまだ田舎な「部分」が有り、
場所に因れば化石みたいなカセットデッキを使っている場所も有る。
日本ほど進化したハイテク社会ではないので、
そこかしこで最新機材を揃えているなんて事がないのが普通。
だから何か音楽をレコードで掛ける為に使うんだろうと思っていたが、
それが「教会」でこんな形で使われるとは誰が予想しようか!

牧師と教徒との掛け合いも勿論ヒップホップ。
DJの回すテーブルから♪キュキュキュッ♪っと聞こえつつ、
どんどん進行していく牧師の説教...。
勿論、教徒はノリノリで踊りまくり、
挙句の果てにはブレイクまで踊りだす教徒も。
説教は聖書の文句をラップに取り入れ、
それをスティーブン・ポーグ牧師が熱唱。
でも、ヤングが説教を聞いてんだかどうかは不明...。(結構、ココ大事)
そして当然の様に、ポーグ牧師はターンテーブルも回すのだ!(驚愕!)

どうしてこんな事を始めたのかと言うと、
カーティス・ブロウというヒップホップスターの申し入れが発端だった。
カーティスは音楽史上初のヒップホップミュージシャンとして、
メジャーレーベルと契約し「経済的成功」を得たアーティスト。
88年以降の活動としては落ち目なのだが活動の場を求めて、
様々な企画を立ててはオファーをあちこちに打診していた。
その企画の一つがミサにヒップホップを取り入れ、
それによる若年層の取り込みをするというものだった。

アメリカの主な宗教はキリスト教ではあるが、
教徒の足は信仰心の薄れから教会から遠退いているのが現状。
この教会も、例に漏れず近年教徒が減少していた教会だった。
それと同時に近隣の犯罪率の向上し、その犯罪は急激に若年化。
何故そうなるのかという主な理由は明確ではないが、
大きな要素だと考えられているのが、
地域との接点の無さ=教会との繋がりの希薄さだと考えた。

この辺の考え方は日本の寺社・仏閣との繋がりと類似していて、
家族の次に接する「社会」とは、『宗教』。
訳も判らずマンマンチャン・アン!と仏壇を拝んだり、
お寺や寺社をお参りして拝むのは宗教との大事な接点。
幼稚園や学校に行く前に接するのは「地域。」
昔から地域は宗教が核となって形成していき、
その地域での人材育成を担ってきた。
だから今でも寺社仏閣・教会の運営する学校が有るのは、
その為だと言える。

日本よりも、遥かに離婚の多いアメリカ。
離婚をきっかけに家族崩壊を迎え、
アルコールやドラッグだけでなく窃盗・殺人等の犯罪に走る。
地域との何らかの繋がりを持っていれば、
そこへ到るまでの経過を誰かが止める事が出来るかもしれない。
地域のみんなが「社会悪」から子供達を守れるかもしれない。
だが地域との関わりを持たない現代っ子達は、
ちょっとしたきっかけさえあれば、
そこへ行き着く事無く警察の世話になる事も、
刑務所で長期間若い可能性を燻らせる事は無い。
この教会と地域は、そう考えたのだ。

20-30年前には、普通に有った地域との繋がり。
誰も見て無いから...とちょっとした悪さをした事は、
誰にでも有る経験。
だけどそれを近所の人に見られていて咎められ、
やっぱり悪い事は出来ないと反省した人は沢山居る筈。
勿論私もその一人だ。

そんな時は頭をはたかれたり、平手を食らう事もしばしば。
悪事を働いた時は他所の子といえど、
我が子の様に手加減無しにシバかれた。
でも親に言いつける事は無く、その場で諭し、その場で収める。
それが地域の優しさであり、使命であった。
子供はそれを繰り返さぬよう学習し、
大人はそれを繰り返させぬよう観察しながら守る。
この「大人」に含まれるのが、
地域の長老や宗教関係者をはじめとする、地域住民だ。
(イラクでの拉致事件を思い出して貰えば、解り易いと思う)

だが興味も無ければ接点も無い宗教に、
どうやってそういった若年層を取り込むかというのが問題だった。
そこへ、カーティスのヒップホップを使ったミサを行う提案。
彼の提案は互いの利益を補う物であり、
社会貢献に有益なものだと判断した教会はそれを受け容れた。
そして最初は30人程だったヒップホップミサは、
今や300人もの人が訪れる人気ミサとなった。

勿論批判的な意見も多数有ったが、
教徒離れを食い止める為と社会貢献を兼ねたヒップホップミサは、
藁をも縋る思いで始めた事業。
しかし大半の教区の教徒は、
ヒップホップは最良の手段とは言えないが、
子供が教会に集まるならと実績を認め、容認している。

幼稚園位~中高生が親を引っ張ってくる事もあり、
親世代からの教会離れを食い止める事へも効果を発揮しており、
宗教の存在意義を印象付けたいという教会の意図も、
地域との関わりを持つという事も、
高い認知度を持って成功を収めたといえる。

ゴスペルほど高い音楽的スキルが必要だとはされないが、
普段聞いている音楽なので取っ掛かり易いのも成功の一因だ。
そして子供が教会に通っていると聞いて喜ばない親は居ない社会。(一部除く)
口コミで広がった噂は、噂を呼び、親子で参列する家族も増えてきた。
ジョージも例に漏れずその一家族だが、
教会に来るようになって今まで以上に、
子供の考えてる事が解る様になり、一層距離を縮まったと言った。
 
説教を聞いて踊りつかれた帰り道には家族みんなで外食をし、
その日有った事や説教について話す。
「非行」に走ると心配するよりも、一緒に出掛けて語りかける。
子供が今何を考えていて、何に興味を持っているかと知る事は、
親の万国共通の願望なのかもしれない。
その答えを探しに行った者にだけ、与えられる答え。
正しく、ヒップホップの神は教会に居るのだ。