神に対する私たちの愛ではなく、私たちに対する神の愛によって、私たちの罪へのなだめとして、神のひとり子が遣わされました。ここに真の愛があるのです。

(1ヨハネ4:10)

 

彼は痛めつけられ、苦しみ悩みました。

それでも、ひと言も語りませんでした。

子羊のようにおとなしくほふり場へ引いて行かれ、

毛を刈り取られる羊のように、

非難を浴びせる者たちの前に黙って立ちました。

(イザヤ53:7)

 

私たちは神の道を離れ、

羊のようにさまよい出て、

自分勝手な道を歩いてきました。

しかし神は、私たち一人一人の罪を

彼に負わせたのです。

(イザヤ53:6)

しかし、彼は私たちの悲しみを負い、

私たちの嘆きをにないました。

私たちは、彼がそんなに苦しむのは、罪を犯して

神に罰せられているからだと思いました。

しかし、私たちの罪のために傷つき、

血を流したのです。

彼は私たちに平安を与えようとして、

進んで懲らしめを受けました。

彼がむち打たれたので、私たちはいやされました。

(イザヤ53:4ー5)