今日は震災から3年目ですね。
仕事を辞めて、ようやく平日に時間が取れたので、
2月にボランティア協会の震災ボランティアに参加してきていました。
あの日、私はあれほどのことになっているとも知らず、なんか揺れたみたいだなーと呑気に構えながらいつも通り仕事をし、夜は地元を活性化させる為のイベント(市内の飲み屋料理屋を数件まわり飲み食いする)に同僚と参加し、なんか今日人が少ないなあと思い、友達から届いた「大丈夫?」というメールにあらそんなに大きかったの?とちょっと気になり、夜、家に帰ってテレビを見て愕然としました。
そして、こんな時に私何やってたんだろうって思いました。
そのあとずっと、そのことがひっかかっていて、何かしなきゃ、でも、平日に休み取れないし、募金くらいしか・・・って過ごしてきました。
仕事を辞めると決めて、まずこれだけは絶対に行こうって決めてました。
それに、イギリスに行くにあたって、直接見てきた現状をいろんな人に伝えることが出来るかもしれないし・・・。
岩手県の遠野と大槌に行ってきました。
基本的に肉体労働系(‘ハード系’と言うらしい)のボランティアはもうほとんどなく、
私が参加したのは仮設住宅等で生活する方々のサポートをするといった(‘ソフト系’と言うらしい)内容でした。
活動の合間を縫って、ボランティア協会の方があちこち案内してくださいました。
3年前のあの日から、テレビとか新聞を通してしか見ていなかった状況。
今になって初めて現地に行って、自分の目で見ました。
がれき等の撤去はさすがにもう終わっていて、ところどころに津波で浸水して鉄筋だけになってしまっている建物が残っているだけで、あとは、草が生い茂った更地になっていて、ぽつぽつと、仮設の商店やコンビニが建っていました。海から少し離れた地域には家が残っていて、リフォームしたのか、新築したのか、新しく見える家も建っていました(更地になってしまっているところと、家が残っているところは紙一重という印象を受けました)。
あの当時繰り返し何度も映像で見たあの津波がここを襲ったこと、それまでここに住宅街があってこの町の方々が日常生活を送っていたこと、ここで犠牲になった方々がいるということ。
目の前にしながら実感が湧かないというのが、初日の正直な感想でした。
今その状況を目の当たりにしても信じられないような、それほどまでに大きな災害が起きたということでしょう。
3日間の活動中に、避難されてる方とお話もしました。
活動で幾つかの仮設住宅をまわりました。
明日のご飯の買い出しに地元のスーパーに行ったりもしました。
一つ、強く思ったのは、このような状況下で背負っているものは全く違うけれど、被災された皆さんも、私たちと同じく今この時を過ごし、日々の生活をしているということです。
買い物に行って、病院に行って、近所の人と世間話をして、冗談を言い合って笑って、時にはちょっと文句を言い合って。
「ああ、うちのおじいちゃんおばあちゃんとか、親とか、自分とか、近所のおじちゃんおばちゃんとか、子供たちとかと一緒だな」って思いました。
ただし、置かれている状況がまったく違う。
今日、多くのメディアが特集を組み、様々な課題が取り上げられていました。
私がたった3日間で見たこと、知ったこと、聞いたことはほんのごく一部です。
元の状態を取り戻すことは出来ないのかもしれないけれど、、皆さんが背負っているものが少しでも軽くなって、もう少し心も軽くなって、日々の生活が送れますように。
そして私は、あの時のこと、今回感じたことを忘れないように―このブログに残します。