仕事関係のブログを待ってるんですが、毎日更新してました
メモしたものがけっこう溜まっていて、それらをひっくり返しながら、とにかく、毎日書いてました
ブログを書くことで、考えなくて済むように
パズルもです
パズルは、息子が告知された、知らせてきたときに始めました
集中できますから
親ってバカですからね……
ろくでもない想像ばかりして、もう、荷造りして東京へ飛んで行きたくなるわけですよ
彼女が気を遣うでしょうから、近くのウィークリーマンションとか借りてもいいし、と提案しちんですけど
「来てほしい時は、来てって言うよ」とにべもない
来なくていいって、ひどいよね……
よせばいいのに、そのラインを、いまても見てしまします
ちゃんと話し合えばよかったと後悔してます
彼女の負担も減るでしょ、とかなんとかって
わたしに弱ってる姿を見せたくなかったのかな?
こんなの、都合の良い考えですよね
彼女との時間のほうが大事だったのかな
あれこれ親に指図されそうで嫌だったのかな
わたしじゃダメだったのかな
後者でしょうね
……なんて、自分を追い詰めても意味がない
東京に向かう新幹線のなかで知らせを受けました
前夜、彼女さんからSOSが来ました。わたし、もう限界かもしれませんって
脳に転移して右足が動かなくなったんです、と
それまでは、通院日に合わせて病院で会っていました
つい数週間前に会った息子は、つらそうでしたけど、自分の足で歩いていたのに
仕事を全部キャンセルして、朝一番の新幹線で行くと伝えました。
夏物全部スーツケースに詰め込んで、次にもどるのは、秋冬物に詰め替える時、と考えてました
彼女とは音声通話
メッセージでやりとりすることじゃないと思ったから
息子は聞いていたと思います
彼女もきっと、明日お母さんが来ると告げたはずです
その日の夜、珍しくたくさん話をした、と彼女が言ってました
声が出にくくなっていて、身ぶり手ぶりが多くなっていたのに、話したいって言ったそうです
その夜は手を繋いて眠ったそうです
息子がそうしたいと言ったそうです
眠っている彼女の隣で
時間はわかりませんが
息子は自分で酸素吸入をはずして
逝ってしまいました
わたしが翌日来るとわかっていたのに
なぜ、あと1日待ってくれなかったんでしょう
わたしも、最期に、話をしたかった
声を聞きたかった
絶対入院しない、在宅看護がいい、と言い張ったのは
こういうことだったのかと思いました
わたしの気持ちなんてどうでもいい
息子の気持ちを最優先で、と、今でも思ってますけど……
嫌われていたとは思いません
毎年帰省して、一人暮らしのわたしを気遣ってくれましたから
ならは、なぜわたしを待ってくれなかったんでしょうか
朝になれば到着するとわかっていたのに
毎朝、遺影に文句を言ってます
もう一度、声をききたいなあ、って
目が覚めたら、息子はもう冷たくなっていたそうです
それを発見した彼女の気持ちを考えたら
わたしの悩みなんてわがままでしかありません
最期までそばにいてくれた彼女には心底感謝しています
そういう人に巡り会えてよかったと喜んでいます
でも、ヤキモチ妬いてるの、わたし
そういう自分が情けなくて
そう、悲しいだけじゃないのです
息子を奪られた気がしてる――情けなさにもほどがあるよね
わたしって、ホント、ダメな人間で
ホントに、ホントに、どうしたらいいんだか