アフィリエイトも出来ないなら、何をやってもダメ(その3)
僕は入社した頃とにかくお金を貯めないといけないなと思っていました。
非営利の会社の業務経験は低く見られるかもしれないので、
何らかの資格でも取っておこうと考えたんです。
でも、給料は安い。
手取り・・・20万なんてとてもいきません。
お金が必要だ。
バイトをするか?
時間的にちょっと難しいな・・・
そんなときに出会ったのがアフィリエイトでした。
2006年夏。
今となってはアフィリエイトの出会いは思い出せませんが、
めるぞうで無料レポートをダウンロードしては読み漁っていました。
アフィリエイトの仕組みやASPについて情報を収集して、
なんとなくつかみかけた頃にSeesaaブログでブログを作りました。
アドセンスをなんとか取得して、さぁアフィリエイト開始!と思う頃には
もう秋になっていました。
アクセスは・・・1桁。たまに2桁。
アドセンスの収益はゼロが続きました。
やっぱりアクセスを集めるなら芸能関係だとばかりに芸能関連のブログを作り、
毎日20回更新しました。
それで得た報酬は月に1万円ちょっと。
2007年の3月まで5ヶ月、ほとんど毎日更新して月に1万円ちょっとの収益。
効率の悪さにだんだん情熱が薄れていきました。
気づけばアフィリエイトの手は止まり、仕事が終われば缶ビールという生活で
憂さを晴らす毎日になっていました。
安い給料を憂さ晴らしのために使う。
本田健さんのユダヤ人大富豪の教えに出てくる失敗者の生活そのものです。
2007年の秋になって、またアフィリエイトに取り組み始めました。
今度は固い決心を持って・・・と行けばいいのですが、
動機はっきり言ってなんとなくでしかありませんでした。
今度は毎日20回更新する元気もありません。
稼げる情報探しを無料レポートからメルマガや情報商材に移して
延々ネットをする日々でした。
正確にはアフィリエイトしているというより、アフィリエイト方法探しをしていると
言ったほうが良いでしょう。
いつもダイエット方法を探している痩せない女性と同じです。
そんな僕がアフィリエイトに重い腰を上げたのは今年になってからです。
ある手法を知ったことでアドセンスサイトを作成しました。
合計で60サイトほどです。
それが月に400ドルの収益を上げました。
これでやる気になって僕の収益は今も右肩上がり・・・
つづく
アフィリエイトも出来ないなら、何をやってもダメ(その2)
疲れ果てたバブル前後の入社組の方々は、不況もようやく収まったころに
入ってきた後輩社員に対してどのように接したのかと言うと、
「勝手にやっておいてね!」
という完全な放置プレイ。
ある意味仕方がないんですが、この先輩方も同じ育て方をされているんです。
仕事は教わるもんじゃない、自分で覚えるものだ。
厳しい職人気質みたいな育て方をされたのもあり、
また、上から押し付けられる仕事から自分の身を守ることだけ考えていたのも
あるんだと思いますが、自分のことだけしか考えないようになっていました。
だから、うちの会社はびっくりするぐらいに仲が良くない。
いや、喧嘩をしあうわけでもないんです。
超個人主義と言ったほうがいいですね。
そんな感じなんです。
前回も書きましたがうちの会社はIT、システム系ですが、
実際の開発や保守なんかは外注先がやるんですね。
運用や要望を取りまとめたりするのがうちの会社なんですが、
要はサポートセンターと言ったほうがわかり易いと思います。
フリーダイアルのお客様相談室ですね。
だから、経験云々より知っているかどうかがポイントだと思うんですが、
うちには社内講習や引継ぎなんてものは一切ありません。
自分でやれ!
これが隠れた社是な気がしてなりません。
さてさて前書きが長くなりましたが、ここからが僕の話です。
僕は2浪2留したダメ学生ですが、大学は地方の少しだけ有名な私立大学です。
だから、数少ない僕の大学時代の友人も一部上場企業に入社していたりします。
彼らとは・・・会っていません。
こんな企業で務めている自分が情けなくなってくるからです。
外注先のIT企業も上場会社で、一緒に仕事をしている同年代の話を聞くと、
当たり前ですがちゃんと考えられて育てられています。
ビジョンがあって人材を育成している感じがするんですね。
実態はお題目や形骸化してたり、当の社員にとっては不満もあると思うんですが、
今の僕にとっては青い芝生に見えて仕方がありません。
僕は今の会社に入社して3日で、一生いる会社ではない!と見切りをつけました。
じゃあ、今すぐにここを辞めて就職活動しても、今の会社と同じようなところにしか
務められないことがわかっていましたので期限を決めて働くことにしました。
3年経ったら辞めて転職しよう。
それまでに多少なりとも転職できるだけのスキルを身につけよう。
こう思って早2年が過ぎました。
その間に僕はスキルを身につけることが出来たのかと言うと、
まったく何も身につけることが出来ていません。
出社してお昼の休憩を待ち、次に終業時間を待つだけの生活でした。
先輩社員が給料安くて・・・なんてつぶやきながら、
昼ごはんに300円の牛丼ばかりを食べているのを見ながら、
俺は40歳になってあんな生活したくないと思いながら何もしてきませんでした。
この会社に入ってからの丸2年、「無為」に過ごしてきました。
つづく
アフィリエイトも出来ないなら、何をやってもダメ
これは他人に向けて言っているわけではないです。
自分に対しての発言です。
僕は副業としてアフィリエイトをやっており、普段はもちろんサラリーマンです。
で、その本業のサラリーマン稼業に変化がやってまいりました。
異動です。
それも、一番みんなが行きたくないとされる課に異動となりました・・・
で、まぁ今日はちょっとした放心状態だったんですが、
よくよく考えてみるといい機会だなと思ったんです。
というのも僕は現在の会社に入りたくて入ったわけではないんです。
ただ、大学に入るのも出るのも遅かった2浪プラス2留年の
最悪な学生でしたので就職活動もしなかったんです。
どうせ俺の就職先なんてないだろう・・・
ホント言うと4つも年下の学生に混じって就職活動するのが
恥ずかしかったのもあります。
でも就職はしなきゃいけないということで、中途扱いで今の会社に入りました。
まぁ、こんな学歴の僕が入れる会社ですから中小企業というより、
零細企業というほかない会社です。
ちょっと違うのが社団法人?みたいなもんで非営利企業なんです。
小企業で非営利企業ときたら、のんびりしていて良さそう!
なんて思うかも知れませんが、僕の会社は業界内の最底辺会社なので
上部の会社に逆らえず、無理難題?をさせられることが多く結構大変なんです。
で、こういういわゆる関連会社、配下企業は本当に大事なことは自分たちでは
決められない仕組みになっています。
親会社の意向を仰がないと何も変えられないんです。
こんな手足が縛られた会社なんですが、上の会社群が大きいものだから、
役員の方々はそれなりにプライドもあるわけです。
飲みに行ったりすると、「あの仕組みは俺が作った」とか
「あの社長とは昔よく仕事した」なんて自慢話を聞かされます。
問題なのがこの役員の方々。
うちの会社も創立当初は上の会社の方が来られていたのですが、
軌道に乗るとその方々は元の会社に戻っていかれました。
当たり前ですが、配下の会社になんてずっといるわけにはいきません。
その後すぐに創立当初に入社した方々、つまり今のうちの会社の役員は
すぐに課長なり係長なりになりました。
30~40前には課員を持つ役席者になったんです。
その後しばらくしてバブル崩壊。
親会社も業績が傾きます。
結果、うちの会社も非営利とはいえ予算が厳しく削られるようになりました。
バブル崩壊後、唯一好況だった業界はIT業界ですが、
うちはそのITに関連する会社だったんです。
だから、予算は削られて人は取らないのに仕事だけはどんどん増えていく。
それでいて、創立当初の入社組は俺は役席者だと言うプライドから、
日々の業務には何も加わろうとはしない。
上の会社は業界水準に習ってアレをやれ、コレをやれと言う割には金を出さず、
当時の役員も上の会社の顔色を伺って何も社内向けの施策を取らない。
うちの会社の外注先であるIT企業はどんどん業績を伸ばし、
いい暮らしをしているのにうちの会社はまさに貧乏暇ナシ状態。
こんな状態で誰が一番苦労したのかというとバブル前後の入社組の方々。
つまり今やっと課長になりつつある40~50歳前の方々です。
20年近く平社員として仕事はどんどん増える中、
部下も入ってこない中で仕事に追われていたため僕らが入社したころには
疲労困憊しておられました。
つづく