渇水が続くと言われてる神奈川、雪が降って少しは足しになるだろうか?
県央部が小雪でも宮ケ瀬方面は大雪になる事が多いので、今後水位が復活する可能性はあるだろう。

過去ばかり振り返っても面白くないなぁ、と思いつつ、人の縁が絡むとつい語りたくなるこの頃。
たぶん三途の川のバックウォーターでトンボを投げつつ、私を待ってくれている黒沢氏に語るつもりで書いていきます。
雪の中のバスフィッシング、というと早春の芦ノ湖をイメージしがちですが、私が印象的なのは津久井湖だったりします。
1987年2月、ハイエースに修復してピカピカのF3仕様のFZR400を積んでいたまま、矢口釣具店から出船。
老人ホーム下回りを投げつつも、何の反応もなく豚小屋下も投げる。
かつて中学生時代、黒沢氏がホッテントットでひょいひょいと中型バスを釣っていた場所であり、冬でも釣れるかも知れない、と思いながら投げるが無反応。
ちらほらと降り始めた雪が強くなっていき、白い景色で対岸の矢口の桟橋も見えなくなっていく。
寒いし早めに切り上げようと進んだ寺下で、ふとスプーンを持参していた事に気づく。
ダイワのダンサー7g。
買ったのは小学6年生の時、小学生には有難い100円ちょっとの値段で買えた肉厚のウィローリーフスプーン。
(多分どっかに入ってるはず。後で写真を撮ります)
小学6年生、初めての津久井湖でほぼバーチカルジギングみたいな誘い方で「ブラウントラウト」をヒットさせてしまったルアーである。当時上流の道志でマス釣り場があったから、そこから落ちて野生化したのだと思う。水深はかなり深かった。
結局、同船していた父が慌ててしまってランディング失敗したのだが。
そういう成功体験の思い出が、ダンサーを選ばせたのだと思う。
また鱒でも釣れないかな、と思いカーブフォールで着底してリトリーブするとまさかのヒット。
30cm前後の元気なバスが釣れた。
今度は狙いを定めてフリーフォール。
また釣れる。
結局4匹くらい釣ってしまった。
雪がうっすら積もった桟橋に戻ると、まだ純朴さがあり人懐こい印象だった矢口の親父さんが迎えてくれた。
「釣れたよー」と嬉しそうに言うと、
「そうだろう、雪の日って案外釣れるんだよ」とにこやかに笑ってくれたのだった。
それから2年後の2月。
サーキットを引退しレースエントリーも辞めた頃だった。
フットコンを買った自分は中村ボートから出船し、鐘ヶ淵でDB3マグナムに鉛を付けた簡易ドレッジを投げていた。
2月の平日なんてほとんど人が居ない、それもその日は芯まで冷える寒さで雪がちらちらと舞い始めていた。
流しながら移動すると、進行方向から別の船が近寄ってくる。
釣れない時は、こうやって人と話す事も多いのが当時のバサー。
まだ釣り業界でもマイナーな立ち位置で、プロショップもようやく増え始めた頃だ。
(ヨコックスだって出来る前の話だし)
相手は黒丸眼鏡のようなサングラス、かつての黒沢氏を彷彿させる外見の人。
私のタックルを見て「マジモード」で漢引きしているのが判ったのだろう。
そこからTD-20やTD-15といったディープクランクの話をしてくれる。
私はクランクベイトやディープクランクが大好きだったので、湖上の雪の中で2時間くらい、食い入るように話を聞いてしまった。
その数か月後、まだヘラ用田船しかなかった北浦で、オダ攻略で非常に楽しい思いをしたが、ヒットルアーはその時聞いたTD-15 。私が好きなDB3よりはややワイドウォブリングながら、カバースルー能力は高くて使いやすかったのを覚えている。
それから7~8年後だったと思う。
中村ボートの安次さんから「今井さんが目黒にお店を出したそうだよ」と聞く。
そう、TD-15のあの人が、今井さんだった。
まだ黒沢氏がBLCCを開店させる前の話だった。
目黒へは一度か2度、開店祝いで行ったが、やはり遠いのであまりいけない間に一時閉店。
それが先日、S藤さんから「今井さんが小平に店を出している」と聞く。
ネットで調べると5年ほど前に「The Tacklebox」が復活している様子。
ホームページを出していないようなので、なかなかこちらまでは届きにくい話ではあった。
S藤さんは「BLトンボにすごい興味を持っていたよ」と言うが、津久井のロクマルゲッターS藤さんのものすごい釣果を見たらどんなルアーだって興味を持つ。
でも多分時間が経ち過ぎて、私がBLトンボの3Dプリンタ版作者と言うのもたぶん良く判っていないはず。
人の縁と言うのは面白い物で、BLトンボ持って挨拶に行ったら驚くかも知れません。
コンセプトやウォブリングなど、クランクベイト好きだから判る視点でも面白い話は出来そうです。
まあ、もうほとんど作れない事も説明する事になると思うんですが。