ソレイユ ☆ -79ページ目

いまこそ日本人の心を。

いま震災で大きな影響を受けている日本。

しかし、海外からは日本人の冷静さ・人と人とが協力して助け合う姿に、

大きな称賛をうけている。

これは紛れもなく、誇り高き日本人に刻まれているDNAです。

いまこそ、OFFになっている素晴らしい日本人としての心の

スイッチをONにしましょう。


いまこそ一人ひとり自分ができる事を考えて、行動しましょう


以下内容は、伝説のホテル作成者 の鶴岡秀子さんが紹介

していた内容ですが、非常に僕の心に響いたのでご紹介します。



新聞等で一部引用されましたが、

 「The New York Times」にこんなエッセイが掲載されました。



 「悲しみ」「不安」を少し癒し、「希望」「自信」につながる、

 日本への共感に満ちたメッセージです。



 ◆Sympathy for Japan, and Admiration



 日本へのいたわり、そして称賛



 痛ましい地震のその後、我々は日本の人々と思いを共にしている。

 これは日本で記録された最悪の地震である。しかし、私が本紙の

東京事務局長として日本に住んでいた1995年の阪神大震災

6千人の犠牲者を出し、30万人の人々が家を失った)において報道した

経験を思い起こすと、私はこう付け足さなくてはならない。



 「今後数日、数週間の日本を見ていよう。

          私たちはきっと何かを学ぶだろう」



 日本の政府が特に地震をうまくコントロールしている、というの

ではない。政府は1995年の震災においては救助活動の管理を完全に

誤り、他国から送られてきた薬や救助犬を取り上げて、その名を汚す

こととなったのである。

 気も狂わんばかりの最初の数日間、人々はまだ瓦礫の下で生きて

いたのであるが、政府の無能によって不必要に死んだ人たちがいたので

る。



 しかし日本の人々自身の忍耐力、冷静さ、そして秩序は、実にみ

ごとであった。日本でよく使われる言葉に「我慢」というものがある。

英語にはぴたりと当てはまるような訳はないのだが、言うならば

 "toughing it out."(耐え抜く)と同じような意味である。


 そしてこれが神戸の人々が実際に行ったことであった。畏敬の念を

 抱くほどの、勇気と協調性、共通目的を持って。



 日本の秩序と礼儀正しさに、私はしばしば感動していたが、

 神戸の震災後ほど、それに感動したことはない。

 神戸空港のほぼ全体が破壊され、街中の商店のガラスが割れていた。

 私は略奪や、救援物資をめぐる乱暴な押し合いへし合いなどの場面を

 街中探し回った。

 ようやく、2人組の男に強盗に入られたという店主に出会い満足

 したところで、いくぶん芝居がかったふうにこのように尋ねた。



 「同じ日本人が、自然災害を利用して犯罪に走るということに

 ついて、驚きはありますか?」店主は驚いたように

 「誰が日本人だと言ったのだ。外国人だったよ」

 と答えたのである。



 日本にも貧しい人々はいる。しかし他の国々と比べると、

 極端に貧しい人々はほとんどいないし、非常に高い共通の目的意識

 を持っている。

 中流階級が非常に多く、実業界の成功者であっても、儲け過ぎて

 いると思われることを伝統的に恥じる傾向がある。そのような

 共通目的意識は、日本社会の構造の一部であり、自然災害や危機の

 後では、特に顕著に表れるのである。



 これについてはあまり良く言い過ぎてもいけない。

 日本の礼儀正しさの裏には、学校や職場におけるいじめや、

 不法行為によって利益を得るやくざ、政治家と実業家の癒着といった

 問題が存在する。しかし神戸の地震の直後、やくざまでもが被災者に

 食料などを配るためにカウンターを設置していたのは、衝撃的であった。

 そして日本の社会構造は決して壊れることはなかった。

 かすり傷ひとつ負わなかったのである。



 日本人のこういった冷静さは、日本語の中に組み込まれていると

 いえる。

 人々は「仕方がない」と言うのが常であり、他の人にかける言葉と

 して最も多いのが「頑張ってください」―耐え抜け、強くなれ―と

 いう言葉である。

 そして自然災害は「運命」の一部と考えられている。

 16世紀の日本を訪れたイエズス会の者による、古い記述を読んだのを

 思い出す。

 地震が村を破壊したその数時間後には、農民たちは自分の家を建て

 直し始めたというのである。



 忍耐強く、周りと協調して立ち直ろうとする精神は、日本人に深く

 根付いている。

 私はしばらく長男を日本の学校に通わせたことがあるが、幼い子供

 たちが真冬でさえ半ズボンで学校に行かされている光景を忘れること

 ができない。

 気骨をつくるというのがその考えであったようだが、単に風邪を

 ひかせるだけだと私は思っていた。

 しかしそれは「我慢」を徐々に教え込むためのまたひとつの努力だった

 のである。



 そして「我慢」こそが、日本が第二次世界大戦から立ち直り、

 バブル崩壊後の「失われた10年」を耐え抜くことを可能にしたのである。

 いやむしろ、日本人はもっと不平を言ったほうがいいのかもしれない。

 そうすればおそらく、政治家はもっと答えてくれるだろう。



 自然との関係性については、もうひとつの要素が関連している可能性

 がある。

 アメリカ人は、自分たちを自然と対立した存在として考え、自然

 を飼いならそうとする。

 対照的に日本人は、人間は自然の一部であり、それに身をまかせるものと

 考える。

 そしてその自然は、たくさんの地震をもたらしてきた。



 1923年の関東大震災は、10万人もの命を奪っている。日本語の「自然」

 という言葉は、たった100年と少し前にできた新しい言葉である。なぜ

 なら、そのような概念をわざわざ表現する必要が、伝統的に無かった

 からである。神戸の震災の後の本紙エッセイに、私が同じようなことに

 ついて書き、日本の最も偉大な俳人、松尾芭蕉の句で締めくくっている

 ものがある。



    「憂き節や竹の子となる人の果て」



 日本の回復力と不屈の精神に、私は気高さや勇気を見出している。

 そしてまもなく世界は、それを目の当たりにするだろう。これはまた、

 綿密に編まれた日本の社会組織、その強さと回復力が、輝きを放つとき

 でもある。

 私は日本の人々は必ず力を合わせてくれると信じている。その姿は、

 分裂と口論と私利私欲にまみれたアメリカの政治の現状とは対照的であ

 ると言っていい。



 私たちには、日本から学ぶことがある。私たちの思いは日本に向かって

 いる。痛ましいこの地震に深い同情と、そしてまた、心からの称賛を表

 したい。



 By NICHOLAS KRISTOF

 (:英語塾 田畑翔子)



 原文:「The New York Times」ホームページ

 http://nyti.ms/gQXVsT