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市民短距離ランナーのブログ

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こんばんは。今回は半年空けることなく、更新に至りました。


引退して2週間、既に5kg太りました。全く運動していないので、これは今までの「増量」ではなく、完全に「太って」いるわけであります。ちょっと楽しいです。

本当に動いてないですね…たぶんここ2週間の中で、歩き以上の速度で移動したのは2回くらいだと思います。特にここ6日間は自宅から出てません、1歩も。
まぁ10年間走り続けていたので、飽きるまでは家にこもろうと思っています。

今は1日中PCの前に座り、卒業論文を…やらなきゃなぁと思っています。思っているだけで、あまり進んではいません。ひとりで画面に向かって駄々をこねています。非合理的と分かっていつつも、無益な時間を過ごしています。あと3週間で提出。そろそろ焦れ自分。



もう陸上競技生活を送ることはありません。「パンピー」になりました。
今、過去を振り返っても何も生まれ得はしませんが、どうしても振り返りたくなってしまう性分ですので、試合のことを中心に記します。

(ブログの趣旨からいつもしゃべり口調で書いていますが、今日は文章として書いています。)




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1日目の朝、4時にもかかわらずとてもいい目覚め。完全に戦闘モード。気負いすぎることなく、緊張もなく、日常よりやや張りつめたような精神状態。試合の日にするいつも通りのルーティーンをこなし、会場に到着。そして競技開始。


100m―11秒16 (目標11秒1台)
朝8時から良く動かせた。合格。

幅―6m69 (目標6m50)
セカンドベスト! ケツを後ろについちゃってもったいなかったけど、もっと跳べてたと思うといいパフォーマンスだったと思う。満足。

砲丸―8m67 (目標9m60)
ファールと抜けた投擲で2投を無駄にした。失投。勝負ならあり得ないミスだけど、でも2種目がよかったからここから頑張ろうって思えた。

高―1m90 (目標1m80)
セカンドベスト。嬉しかったなぁ。4年振りの1m90。手拍子ありがとうございました!!

400m―54秒48 (目標52秒台)
ちょっと納得がいかない…。後半勝負で楽に200mを25秒で通過。27秒で帰ってくるつもりがホームで苦しくなってしまった。でも本当に出し切ったから、これが今の実力。だからこそ尚更悔しかったけども。



2日目の朝、本当にひどい体の状態だった。脚が棒とはまさにこのこと。今までの混成の中で群を抜いて辛い2日目の朝。
1日目の治療の先生が急遽変わっちゃって、それがやっぱり合わなかったと思う。去年の2日目の朝はすごく身体が軽かったけど、今回は筋肉痛だか揉み返しだかだか分からないけど全身が痛かった。痛いだけで動くようにして下さったのかもしれないけどでも痛いもんは痛い…。やっぱり、治療はM先生かK先生がよかった。無理してでも立川のK先生のところに行けばよかった。
2日連続の4時起きも重なって精神的に苦しいまま、東大に到着した。

110mH―14秒97(目標14秒90)
ぎりぎり合格かな。ハムが痛いからリード足があがらない、ディップがかからない。でもそれがあらかじめ分かってたから、予想していた体の動かしかたができた。スプリントだけで押してどうにか14秒台。

円盤投―22m68 (目標30m)
雨だからって言い訳はできない。でも、原因はやっぱり土砂降りだったと思う。サークルが濡れてるを超えて水に浸ってた。ターン滑るし、指も滑るし、置きにいったはずの1投目をファール。更に2投目もファールして3投目、究極に置きに行った。直前の順大での練習が良かっただけに、かなり悔しかった。教えてくれた混成の同期4人の顏が浮かんだ。


でも、ポールでなんとかしようって思った。


棒高跳―






















棒高跳―NM (目標3m70)
僕は周りからの見てくれとか出来栄えを気にして、口でハードルを必死にさげてしまうダメ人間。もう6000点は無理だぁとか言ってごまかしていた。けど、本当は4m10跳ぶつもりでいた。絶対に跳べると思ってた。

14フィートの160が完全に曲がりすぎるほどいい動きをしていた。そこまで予想していなかったけど、アップライト120cmとかにはできないし、立ちすぎているからにはポールを変えないと跳躍にならない。14フィートの165はないため、はじめて15フィートを使用。
練習跳躍で初めて使ったけど、なんの恐怖心もなくボックスにつっこめた。そして綺麗に立った。バーは3m50だったけど、振上げなしで跨げた。余裕。握りもあと2つくらい上げられそうだったし、本当に4m10跳べると思った。

3m50から開始。試技1本目、助走で走れなかった。ポールが立たず、体が落ちぎわにバーに引っかかる。悪い跳躍をしても、まさか3m50のバーを落とすとは思ってないから動揺した。落ち着いて跳べば大丈夫なわけだから、楽に跳べばいいだけだから、と言い聞かせる。
2本目。楽に行った結果やはり走れず。突っ込みで、スピードに対して握りが高すぎる状態になってしまい、身体が横に逃げてバーの上に落下した。

3m50から始めたわけだし、余裕のクリアを重ねてどんどん高さを上げていかないといけない。4m10跳べるわけだから。でも、あと1本しかない。もとも走高跳から陸上を始めたわけで、跳躍競技こそ丸々10年やってきている。今まで3回目でクリアしてきたことなんて数えきれないくらいあるし、高校の関東の時も最初の高さを3回目で跳んで命拾いした。そんなことも頭をよぎって、跳べるっていう自信を失うことはなかった。心のどこかで不安に感じていたのかも知れないけど、バーをクリアする明確なイメージはできていた。
スピードが出ずにポールが立たないと意味がないから、とりあえずこの1本だけと思って14フィートに戻した。走れていないから曲がりすぎることもないだろうと。
走り出す瞬間、この1本絶対に跳んでやると思った。そう思ったのが悪かったのかもしれない。というか悪かったんだろう。





走れすぎた。ポールが立ちすぎて、空中動作に入る暇もなく足の裏でバーを蹴落とした。


0点。
目標達成には、1500mを3分ちょっと、世界記録並みの記録が必要。
6000点への道はここで断たれた。


やり投までの間、結構へらへらしていたと思う。
自分がどうしてそういう態度だったり表情でいるのかはよく分からなかったけど、高校の関東総体が終わった瞬間も、確かこんな気分だった。



やり投―34m74 (目標38m)
記録をみると気持ちが切れたのかと思われるかもしれない。でも、そういうわけではなかった。ポールからの1時間で、気持ちは持ち直していた。具体的な結果としての目標は失っても、頑張るための原動力はまだあった。
しかし立ちはだかる雨。東大のグラウンドは芝ではなく土。やりの持ち手はどろどろで、他の選手の精神状態も混沌としていたようだった。3投でなんとかまとめて、記録を残した。

1500m―5分40秒37 (目標5分15秒)
試合時間が2時間ほど繰り上げになり(これがのちに小さな物議を生むのだが)、雨も弱まり、本当に最後の舞台は整った、という感じだった。やるしかない。
レース自体は、やっぱり苦しかった。300mを60秒で入り、次の400mもイーブンペースの80秒で来た…つもりが94秒。そんなに大幅に落ちるわけなかろうと、読み上げてくれた人の間違いだろうと思ってタイマーをみてびっくり。それだけ体にきていたということにしておきたい。なんとか完走した。





全てが終わって、一番に感じたこと。終わってからというか、1日目のアップの時からずっと思い続けていたことだけど、それはやっぱりありがとうの気持ち。

高校時代お世話になったOBさんが、本当に忙しいはずなのに朝7時からいらしてくれた。早く来すぎたとおっしゃっていたけど、意図せずその時間に来たわけではないと僕は受け取った。
他にも、2日間で応援にきてくれた20人以上の中高の部活の後輩たち、現役の日比谷生、中高大の同級生、中には4年間も会ってなかった友達。
それから競技をやりながら、今までの練習で用具の出し入れやビデオをとったりしてくれたマネージャーさん、部活の先輩や後輩や同期のことを考えた。
走高跳をやりながら、陸上を始めたころ、中学時代の恩師のことを思い浮かべた。時に厳しく、時に厳しく、そしてまた厳しく教えてくださった方。
家に帰り、ご飯を食べながら陰で支えてくれていた両親に対しても。
治療受けながら先生への感謝、ポールを見てもらいながら手ほどきをしてくれた後輩への感謝、練習場所を提供してくれた東大ポールの2人、1500mを走りながら、まだスパイクがない頃に貸してくれた長距離のあの後輩への感謝…挙げていたらきりがないくらい。
そして、高校の頃と同じように2日間傍でずっとサポートに徹してくれた後輩。

色んな人に支えてもらって、今の自分が在る。本当に幸せ者。





そしてもうひとつ。自分の成長。

円盤で170点を失って6000点の目標達成が危うくなった時。
ここで気持ちを切らさずにポールで逆転すればいいって思えたことに、自分でも思わず成長を感じてしまった。高校生の自分なら、あーもう無理だーって諦めてたと思う。

もちろんポールの最中も。ずっと跳べると信じて自分に向き合うことができていた。ポールのNMは絶対に雨のせいじゃない。ぶっつけで15フィートを使いこなせずに、跳べるはずの高さをクリアできなかった。あれが今の実力だった。


それからポールが終わり、6000点という目標を失ったとき。

結果より過程を大事にしろとかよく言うけども、そんなことを言ったって結局は結果で人生決まってしまうと思っていたから、結果を出さないと陸上をやっている意味がないと思っていた。
また9種目めのやり投を頑張ろうって思った瞬間に、自分が頑張るための原動力は、結果だけではなかったと自分自身に思い知らされた。それが何であるか、どんな感情であるかを字面に起こすのは難しい。けども、これこそがこの10年間、特に高校を卒業してからの5年間、自分が競技を惰性でやってきたわけではないことを示すなによりの証拠だと思う。







10年を振り返って、「あの時こうしていればよかった」っていう感情はいくらでも湧いてくる。それを後悔と呼ぶのなら、後悔しまくりだ。でも、「あの時こうしていれば今がより良いものになっていたのに」、とは全く思わない。この10年の結果、在る今の自分に不満はない。だから、これでよかったんだと思う。


もう一度10年前に戻されたとしても、僕はかならず陸上を始める。









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最後まで読んでいただきありがとうございました!
つらつらと書きましたが、ここまで自分で読み返し思ったことがひとつ…。



やっぱりポールだけはもう1回チャレンジしたい!!!このままでは終われない!!!



スパイクは全て処分する予定でしたが、ポールのスパイクだけはとっておこうかな…
未来への欲ばりは、後悔にカウントしなくていいですよね。
いつか機会があれば、ポールを構えまたピットに立つ日がくるかもしれません。