いつも通りの起床。
カーテンを開ける。
窓からうっすら雪が積もってるのが見えた。
「震災直後も雪が舞ってたなぁ…」
私は2年前の状況を鮮明に覚えていた。


あの日のことを忘れはしない。
激しく揺れる大地、停電の瞬間、沿岸部の惨状、故郷を奪った大事故…。
日本人は絶望を味わった。
「被災地や日本が本当に復興していくのか?」
「我々ができることはなんなのか?」
常に自問自答を繰り返す毎日だった。


震災後の日本人の姿は海外から賞賛の嵐だった。「ガマン」「シカタガナイ」
この言葉は海を越えて世界中に伝わった。
もう日本人はこのことを忘れたのだろうか…
そして世界各国から支援を受けたことを忘れていないだろうか…


復興なんて始まったばかりだと思う。
やっと瓦礫が撤去され、更地になったところだ。
今後どのように震災や被災地に接していくのかというのは大きな課題だと思う。
そして我々のような若い世代が今後どう震災を後世に伝えていくのか。
これも大きな課題である。


被災地・被災者が震災前と同じ生活環境になるまで東日本大震災は続いていく…。


14:46に想いを馳せて…。


2012年もあと18時間程で終わり、2013年が幕を開ける。今年はオリンピックイヤーであったと同時に復興元年とも位置づけられた年であった。
激動の1年を振り返ることにしよう。



やはり今年も政治は停滞していた。衰退と言ってもおかしくはない。
復興予算は復興のためには使われないという前代未聞の事態。国難であるのにも関わらず国会は政局一辺倒。政治家は口だけだということを改めて思い知らされた。

震災の爪痕は未だに残っている。2Gの周辺なんて震災直後とほとんど変わらない。
しかし震災が風化してきてるようにしかみえないのも事実だ。日本人はもう一度3.11を思い出してほしい。震災が忘れ去られていれば復興は何一つ進みやしない。そのことをもう一回考えるべきだと思う。


今年はスポーツの持つ力を改めて思い知らされた。
ロンドン五輪ではメダル数38個という史上最多のメダルを獲得した。また団体競技や女性アスリートの活躍も目立った。
ベガルタ仙台の躍進も仙台市民、被災地を勇気づけた。J2が当たり前だった時代を思えば優勝争いなんて夢のまた夢だったに違いない。
仙台の名が全国に出ることは復興の足がかりになるはずだ。仙台のプロスポーツには来年もっと頑張ってもらいたい(特に楽天)。


復興にはまだまだ多くの課題が存在する。その一つ一つを乗り越えることが今の日本に必要なのではないだろうか。

ありふれた毎日が 今の僕の宝物

国民全員がそう言える2013年になってほしいものだ。



では皆さんよいお年を。


毎年大晦日に人は一年を振り返る。

そして誰もが

「一年過ぎてくのは早い。」

と思うだろう。

でも震災発生から1年経った今日ほどこのことを強く思った日はないはずだ。




2011年3月11日14時46分

この刻を境に何もかもが変わってしまった。

3分間も激しく揺れた大地、瞬く間に街を人をそして数々の思い出を飲み込んだ巨大津波、さらには安全神話を崩壊させ国や東電への信用を失わせた原発事故。

人々は絶望し、これからに不安と恐怖を抱いた。

「未来なんか訪れるのか」

そう思うことさえあった。




それでも人々は前を向いた。

人々は絆を強め、深めあった。

そして今人々は大きな困難を乗り越えようとしている。

「必ず故郷は復興する。」

そのことだけを強く強く信じて…。




いつ街が完全に復興するかわからない。

でも復興のスピードが遅くたって焦る必要は全くないと思う。

復興は容易ではない。

多くの壁が立ちはだかるはず。

だから一歩ずつ進めばいいのだ。




そのためにはこれからも支援をしていかなければならない。

人々に笑顔が溢れるその日まで…。




震災関連の特番を見ながらそう強く心に念じた。