久しぶりの更新です。
生きてます爆笑

あ、あけましておめでとうございます門松

昨年は本厄でした(年齢バレる)ショボーンしかも大厄の。
今年は大厄の後厄なので、また厄祓いに行かないと。まだ行ってませんプンプン

本厄はとてもとても大変でした。

本厄の年に出産すると、産み落とすで、厄を落とすなんて言うらしいけど、あれか?帝王切開はダメなのか?産み落としてないからか?

11月に、子宮頸部の上皮内癌が見つかりました。
12月に手術をして取り除きましたが、未だに出血が止まらず。。。
病変とその周りに怪しいものは見つからず、良くも悪くもなんとか乗り切ることができました、が。
手術1週間後くらいから出血が止まらんのです。
もはや生理と交じって、いつからいつが生理の出血だったのか、どこまでが術後の出血なのかわからず。
先生には、生理2日目くらいの出血が出たら病院に電話してね、と言われたけど、一般的な生理2日目がわからんのです!
私、1日目〜3日目くらいまで同じくらいでかなり出血があるから笑い泣き

なにより、出血があると言ったら、縫われるんじゃないかと怖くて怖くて言いだせませんえーん

精密検査のあと出血が止まらなくてその場で麻酔なし(当たり前だけど)で3回も縫われたときは、涙が出るほど痛かったので、もうほんとに縫われたくないのです滝汗

ただ、術後1ヶ月検診がもう少しであるので、そのときにバレて縫われないかドキドキ…滝汗

かなりゴーイングマイウェイな先生なので、嫌だとか、痛いとか通用しないのでマジでビビってます滝汗

2017年、一言で言えば、疲。

産休まで目一杯働き、予定帝王切開で第二子を産み、怒涛の2人育児が始まり。
2人になっても容赦なく夫は仕事で1週間家をあける。
夏始めに上の子がRSウイルスと溶連菌感染症にかかり、わずか2ヶ月で感染した妹が入院。
そしてPICUのある病院へ転院。

仕事を辞めた実弟との同居生活が始まり、育児に関しては助かった部分と、光熱費等の問題でストレスが溜まったり。

そして1ヶ月後出て行ったあと始まるまたしても地獄のような2人育児。

怒鳴り狂っておかしくなりそうなときもあったし、2人が泣きじゃくってても聞こえないくらい気が遠くなったときもあった…

上の子の甘えに応えられなくて、あとから自己嫌悪に苛まれるときも多々。

そしてまた下の子が入院。
 
さらに自分の病気。

そんなこんなで私の本厄は終わりました…

ほんとーにれた。

でもきっといつかいい思い出になるし、可愛い2人の子供と一緒にいられた1年間は宝物ですキラキラ


それに本厄だけど年末ジャンボ3000円分買って3300円当たった、ラッキー口笛

2018年は、
1人目産前の体型を取り戻す。
仕事に使う資格の勉強を始める。
子供たちといっぱい遊ぶ。

なんて目標立てたところで忘れちゃうから、1日1日を大事に過ごしていきたいと思います。

あと、暴飲暴食をやめたいです。飲はお酒ではなく炭酸飲料です。

てへぺろ



お母さんの妹の旦那さん、いわゆる義理のおじさん?が、今年の1月に亡くなったのです。
2015年12月に倒れてから、ずっと病院での闘病生活を送った末に亡くなったそうです。

おじさんは、東京生まれ東京育ちの都会っ子で、デザイナーをしていて、私が子供の頃、おばさんと一緒に帰ってくると、いつもお土産におもちゃをくれました。

当時はおもちゃのデザインもしていて、かなり流行ったおもちゃも中にはあります。もらった後にレアモノになったおもちゃを返してと言われたこともあります(笑)
散々遊んで壊れて捨ててしまってましたが…(;^_^A


外見は、チビでおデブで、いつも携帯を胸からぶら下げてて、タバコ臭くて、ちょっとオタクな感じの人でした。
おばさんもそこそこ変わった人だったので、似た者夫婦でした(笑)
おばさんの体型は、スレンダーでグラビア体型だったので外見はアンバランスな夫婦でした。

そんな外見なのに、(なのには偏見ですね、すみません。)スポーツカーとバイクが好きで。
zzr乗りの中でちょっとした有名人だったみたいです。

私が大学4年のとき、とある事情でおじさんおばさんの住む街へ引っ越すことになりました。
ある夜アパートの玄関にイモリが出たので怖くておばさんに電話すると、寝ていたので代わりにおじさんが来てくれました。イモリを退治してくれたので、ありがとうございます、お茶でもどうですかと言うと、親戚なのに、女の子の部屋に入るのは悪いからと、デニーズへ連れて行ってくれました。

私がそのアパートの大家とケンカし、おじさんおばさんに黙って引っ越したので、その後連絡を取りづらくて私から避けてしまいました。


それから数年後に私が結婚すると、おばさんから、おめでとう、とメールがきました。

2015年7月に子どもが生まれ、秋頃に実家に帰ると、たまたまおば夫婦も帰っていました。(うちの実家は母の実家の敷地内にあるので)

子どもを連れて久しぶりにおじさんおばさんに会いました。他愛もない話をし、別れました。

その後すぐにおじさんは倒れ、入院したそうです。

おばあちゃんから聞いたのはいつ頃だったのかもう覚えていません。
持病があり、度々入退院を繰り返していたおじなので、入院したと聞いてもさほど驚くこともなく、へぇそう、くらいな感覚でした。

しばらくすると、またおばあちゃんから連絡があり、おじさんが今にも亡くなりそうだと。おばあちゃんは話を大げさに言うことがあるので、そのときもあまり気にしなかったのですが、その後ちょくちょく、耳が聞こえなくなった、とか、もう寝たきりだ、とか言われて、今回は本当にそろそろヤバいのかも??と思い始めたのは去年の夏ぐらいだったのかな。

お見舞いに行っても話せないんじゃ…とか、おばさんにどんな言葉をかけたらいいのかわからない…と悩んでいたら、今年の1月、おじさん○日に亡くなったよ、と父親に知らされました。聞いたのは亡くなった10日後くらい…
すでに小さなお葬式をあげた後で、なんですぐに教えてくれなかったんだろうと思いました。

小さなお葬式だったようで、本当に親しい関係者しか行かなかったようですが、亡くなったことさえ知らず…


そして半年以上経った今でもまだおばさんに何も伝えられてません。

おばさんは、今何をしているのか、どんな暮らしをしているのかもわかりません。聞く資格はないと思うから。


今日携帯をいじっていて、以前おばさんのブログをこっそり探し当てたときにブックマークしておいたのをたまたま発見し、のぞいてみました。
今年の4月にブログを更新していました。
とっても寂しく辛そうなおばさんでした。
1人になったのを受け入れられないようでした。
おばさん夫婦には子どもがいません。できなかったみたいです。代わりに猫2匹をとても可愛がっています。今や年老いた2匹の猫と、おばさんと3人で暮らしているのでしょうか。


おばさんのブログを読むまでは、正直おじさんが亡くなった実感もなく、今まで通り会わない時間が進んでいるだけでした。
だけどもう、会わないのではなく、会えないんだということがおばさんのブログを盗み見してわかりました。

せめて亡くなる前におじさんに会いに行けば良かった。あらゆる管に繋がれた状態でも、身体があるうちに見ておけばよかった。
小さな頃とても良くしてくれた恩を何も返せてなかった。
自分がなんて薄情な人間なんだろうって思いました。

おばさんはひとりぼっちできっと寂しくしてるんだろうな。見てるこっちが嫌になるほど夫婦仲が良かったので、多分一人になった時間が長くなるほど辛さが増してくるだろうな。

おじさんの愛車のzzrはどうなったのだろう。おばさんのブログを読んで、おじさんおばさん、そこそこ有名人だったことを知りました。
いろんな意味でね…笑


おじさん、会いに行かなくてごめんなさい。
おばさん、声かけられなくてごめんなさい。


やったぁぁぁあああゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

コウノドリが帰ってきたー!!!

10月13日22:00〜TBSでスタート!!!

今から忘れないように録画予約したいけどまだ少し先すぎて出来ない笑い泣きポンコツ録画機…

同じメンバーなんて素敵すぎるーハート

星野源のツンデレがまた見られるのねラブ

綾野剛の優しい口調も癒されるんだよね〜キラキラ

吉田羊も松岡茉優も大森南朋もみんな素敵ーチュー


早く見たいよーラブラブ楽しみが増えたラブラブ