先日、ある人に「なぜ私が話しているのに、話しの腰を折るの!?帰る!」と言ってしまった。
そこは近くにある、趣味の良い小物や洋服を置いているセレクトショップで、随分前に知人の誕生日プレゼントを買ったのがきっかけでよく訪ねるようになった。
ただ、目的は買い物ではなく、真実論を話すためである。
その店の主は70代半ば、おしゃれな女性で、お得意さんに内藤晴輔さんの信奉者がいて「これからお金の心配がない世界になるのよ」「早くドン(VND)を買っておいて」と言われていた。その店主とひょんなことから真実論の話しをするようになったのだが、そのお得意さんから聞く話しが難しいらしく、私はその解説役のようになり、時には4,5時間話し込むこともあった。
一度不愉快なことがあって足は遠のいたが、電車の中やスーパーマーケット、道で偶然そのオーナーに会う。だからというわけではないが、以前ほどではないが、買い物の道すがらまた訪ねるようになった。
そして、これまでも私が話している最中に「ちょっとごめん」と言って、全く違う自分の話しを始める。それも頻繁に。それがとても不快で、意思表明しないが、毎回「もう行くまい」と思うのについ行ってしまい、その日も割り込みが数回続き、冒頭の物言いになった。私の去り際「だって今言わないと忘れちゃうから」と私の背中に言っていた。
そして昨日の夕方のこと。
図書館に本を返しに行く、という口実を自分に作り、私は図書館近くにあるそのセレクトショップの様子をどうしても見に行きたくなった。あのお得意さんが月末来る、と聞いていたので店の外から様子を「覗き」たかったのだ。でも行った時店は既に閉まっていた。仕方ない帰ろう、と思った時なぜか、店主の自宅を見に行こう、と思ってしまった。以前偶然通りがかって店主の自宅を知っていた。もう日が落ち辺りは暗くなっていて、その家に向かったが、全然家が見つからない。自転車でグルグルグルグル探したが見つからない。結局20分位探して帰ることにした。
この20分の間に、思いがけず自分の本心に氣づいてしまった。
その住宅街は近隣でも比較的富裕な世帯が多い所で、各家からもれる光は豊かで、私の住む地域にはない富氣に溢れている、と感じた。
こういう所に住むあの店主はいつもおしゃれをして同じクラスの多くの友人から愛されおしゃべりを楽しんでいる。母を気遣う美しい娘たちもいる。
その時、私が店主から不快なことをされた、と感じたのは、私の妬み嫉みからだと氣づいた。羨ましかったのだ。そして私には彼女が持っているものは何もなく、叶わないことばかり、と無意識に思っていたことも分かった。
次に感じたことは「私はキラキラ生きる」ということ。心も見た目もキラキラ生きたい、と穏やかな強さで決めたら、とても嬉しかった。本当は私もキラキラ生きたかったことに氣づけたことが嬉しかった。
私に心の底の本心を氣づかせるために話しの腰を追ってくれたのね。店主さんありがとう。
キラキラ生きます💍
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