ジョロリン 趣味の広場

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旅行は主に東アジア、アンコールワット、タイ、ベトナム、韓国、中国
(上海、大連、万里の長城)等を旅行し
他では、釣り、ゴルフ、帆船組立、ラジコン等をしています。

都市伝説・陰謀論 【 宇宙人は実在するのか 】

 

 

 

2026年6月20日

そこまで言って委員会NPでは、「野口聡一と考える『都市伝説・陰謀論』徹底解明スペシャル」「宇宙人は実在するのか?」が実際に議題になりました。

 

 

   都市伝説とは、事実かどうか確認できないまま、人から人へ語り継がれて広まる

  現代の噂話や不思議な話のこと。

 

 陰謀論とは、出来事の裏に、秘密のたくらみがあるのではと考える見方。

 

 

 

ポイント

 

元宇宙飛行士の野口聡一さんが討論に参加し、かなり興味深い話になった。

  • 野口聡一さん → 宇宙人が存在する可能性を否定しない立場
  • 7名のパネリストが討論に参加
  • 「宇宙人はいるのか」だけでなく、UAP(未確認飛行現象)についての議論がされた
  • 一方で宇宙人が地球に来ているという決定的証拠がある、という結論にはなっていない。

特に野口さんの発言として紹介されているのが、「地球人だけはありえない」という考え方です。つまり、「宇宙はあまりにも広いので、生命が地球だけに存在すると考えるほうが不自然ではないか」という方向の議論です。

ただし、ここは重要で、「宇宙人が存在する可能性」と「宇宙人がすでに地球に来ている」は別問題です。

 

 

 

野口聡一さんが語った宇宙の都市伝説

特に面白いのが、UFOと宇宙人についての考え方です。

野口さんは、UFO(未確認飛行物体)について、

  • 正体が分からない飛行物体は実際にあり得る
  • ただし、UFO=宇宙人の乗り物とは限らない
  • 未知の自然現象や、他国の高度な技術という可能性もある
  • さらに、未来の人類がタイムマシンで来ている可能性まで考えられる

という趣旨の発言をしています。

そして非常に興味深いのが、

「宇宙のどこかに人類のような知的生命体はいると思う」

という考えです。

 

ただし、宇宙はあまりにも広いため、実際に地球人と宇宙人が遭遇する可能性は低いのではないかとも語っています。

 

つまり野口さんの考え方は、

「宇宙人がいる可能性は否定しない。でも、目撃されたUFOをすぐ宇宙人だとは考えない」

という、科学者らしい非常に冷静なものです。

 

 

 

 

 

 

ご機嫌よう

 

 

湘南海岸海水浴のブーム低下

 

 

 

七月某日夏海水浴シーズンを迎えた湘南海岸のニュースを観ていたら

 

シーズン最盛期でさぞかし海辺も海水浴客で賑わっているものと思いきや

 

なんと海水浴客も ”まばら” で、これが夏真っ盛りの湘南の海とは、信じられない。

 

 

要因

 

1967年(昭和42年)当時の某湘南海岸は、東京や横浜から電車で気軽に行ける海水浴場として絶大な人気があり夏には砂浜が人で埋め尽くされるほどで、海の家やキャンプ場もにぎわい湘南を代表する レジャースポットでした。

 

 

 

 

 

昭和42年頃の湘南海岸某海水浴場の光景

人の多さにただただ、圧倒されます

 

 

 

 

 

 

1967年(昭和42年)某海水浴場の客は235万人、

しかしその数は年々減少傾向をたどっています

2025年(令和7年)に至っては24万にまで減っている。

 

 

 

その後は次のような変化が起きました。

 

 

            昭和42年(1967年)に約235万人で過去最高を記録した。

 

            昭和50年代から徐々に減少し、平成に入ると100万人を下回る年が多くなり

 

           2000年代は20万~70万人程度で推移している。

 

          2020年は新型コロナウイルスの影響で海水浴場が開設されなかったため、実質的な来場者             数は0人です

 

        2025年は24万5,200人で、昭和42年のピーク時と比べると約90%減となっています。

 

 

 ◆     昭和40年代後半から、海水浴客が他の海岸にも分散しました。例えば、三浦海岸などへの   

   アクセスが良くなり、逗子一極集中ではなくなりました。

 

◆ 1980年代以降は全国的な「海離れ」が進み、レジャーの多様化や猛暑の影響もあって、 

   海水浴客は大きく減少しました。 

    

◆ さらに某海岸は、海の家や飲酒などのルールを整備し、「安全で落ち着いたファミリービーチ」へと方向転換しました。現在も多くの人は訪れますが、昭和40年代のような混雑は見られません。

 

◆ 某海岸の海水浴客が昔に比べて少なくなった理由は、一つではなく、いくつかの要因が重なっています。

  • 「海離れ」が全国的に進んでいること
    1980年代をピークに、日本全体の海水浴客は大幅に減少しています。レジャーの多様化や、プール・ショッピング・テーマパークなどに人が分散したことが大きな理由です。近年は「暑すぎる」「日焼けしたくない」という声も増えています。
  •  

つまり、「某海岸が人気ではなくなった」のではなく、「昭和40年代のような海水浴ブームの時代そのものが終わった」という表現が最も適切です。

 

 

 

 

 

 

 

 

ご機嫌よう

調べたところ、逗子海岸(逗子海水浴場)の1980年代の海水浴客数は、かなり正確な年度別データが残っています。
逗子市の「逗子海水浴場のあり方検討会」の資料に、昭和55年(1980年)から昭和63年(1988年)まで掲載されています。

1980年代の海水浴客数

昭和・西暦

海水浴客数

1980

昭和55年

960,621人

1981

昭和56年

1,221,410人

1982

昭和57年

863,725人

1983

昭和58年

867,000人

1984

昭和59年

1,328,000人

1985

昭和60年

1,019,600人

1986

昭和61年

1,379,250人

1987

昭和62年

1,030,000人

1988

昭和63年

665,400人

1989

平成元年

788,300人

1980年代の特徴

特に目立つのは、

  • 1981年:約122万人
  • 1984年:約133万人
  • 1986年:約138万人

と、100万人を大きく超える年が何度もあったことです。

一方で、1988年には約66万5千人まで減少しています。1986年の約138万人と比べると、約52%減です。

つまり、1980年代の逗子海岸は「ずっと減少していた」のではなく、100万人前後~130万人台を行き来しながら、1980年代後半に大きく減っていったと見るのが適切です。

なお、逗子市立図書館の資料案内には、「逗子海水浴場概況報告書-1964-1994」という資料も確認できます。1980年代をさらに詳しく調べるには非常に重要な資料です。

ご希望なら次に、** 「1970年代→1980年代→1990年代→2000年代→2025年」までを1年刻みでつないだ逗子海岸の海水浴客数の折れ線グラフ**にして、ピークと減少の時期が一目で分かるようにできます。