写真はあまり多く持っている人間ではないです。
結成当時は面白いくらい全くバックボーンの違う4人が集まり、というか俺がドラムのしんちゃんとメンバーを無理矢理集め始まったわけで。
feat.YSKをいきなりやって客を圧倒どころかライブ後モメてヤキいれるなんてこともあったり。
昔、元々コピーバンドをやったりしてた俺が
CLUBシーンへ転向して数年。
やはり生音の上でやりたい事をやりたいと、始まったFLIP OUT。いつまでやろうなんて考えなかったし、目標もあったもんでもなかった。
写真はFLIP OUTの企画にまさかのNICOTINEが来てくれた時
一年くらいでドラムのしんちゃんは仕事に忙しく
、頻度多く活動が出来ないとなったのでお互い理解した上で脱退してもらった。申し訳無かったが俺はまだのんびりやるわけにはいかなかった。
すぐさま現メンバーのうっつがサポートで叩いてくれて、
いつだかの永山駅前の屯田村という
今は無き居酒屋で正式に叩きたいと言ってくれた事を覚えている。嬉しいでしたね。
その後1st EPの
「ZERO ONE DOUBLE SIX」をリリース。
勢いだけで経験も知識も知恵も無い我々で作った
今となってはなかなか恥ずかしいやつだ。
たまに欲しいと言われるが1000%再販しません。
そしてその後すぐベースのりょうたも脱退が決まる。
が、すぐさまベースにせーこが加入することとなり活動は全く止まらず先へ。
ワンマンライブをした時の写真。準備がえげつなかった。。。
せーこが加入後またそれほど経たずに
ギターのボンズが脱退することとなる。
この時点でオリジナルメンバーは俺だけとなる。
当時thirty seven point zeroというバンドでギターをかき鳴らしてたJANさんがサポートで弾いてくれた。無論その後、正メンバーとなるわけで。
ここからが10年の多くを占める期間に入る。
これは旭川のTHE ASIAN LIPSと苫小牧ELLCUBEにカチ込んだLIVE後
さっきの写真でもあったNICOTINEとの出会い、とりわけそのドラムのBEAKさんとの出会いをきっかけに北見や道東勢と繋がりが生まれたりした。現在に至ってはめちゃめちゃ道東寄りのバンドと思われてもおかしく無いくらいの感じですうち。笑
色んなハコで経験を積ませてもらった。
フェスにも呼んでもらったり。
移動車で大きく事故ったり
俺は折れた足で病院抜け出して
松葉杖でライブもした
大勢のヤクザと喧嘩してボコボコにされて
肋骨折ったままマイク持ってライブもした
酔っ払った打ち上げでセッションが始まり
テンションも振り切ってギターを折ったギタリストもいた
真冬にメンバーに車を誘導してたら
そのまま足を轢かれるギタリストもいた
打ち上げで喧嘩を止めに入ったのに
そいつらに馬鹿にされ
結果一番ブチ切れたので
タクシーに乗せられて強制送還されたギタリストもいた
打ち上げで寝てたらズボンに熱々のうどんを入れられて暴れるドラマーや
運転中電柱に突っ込み車大破させたのにあんま怪我してないベーシストや
色々ありました爆
小樽GOLD STONEにて。HUSKYやSLEEPER HOLD、AithTea、見に来てくれたLINDA
2nd EP 「逆光」
1st SINGLE 「夢の其処へ」
をリリース。
各地へのライブや地元に来る刺客達と出会い
それなりに繋がりが増えてきた。
この4人になってから6年半が経った
2017.12.10
ギターのJANさんが脱退となった。
その後すぐサポート体制が加速、北見NEO UNDER BALLのmaboや旭川DemonaのHIDE、
札幌AithTeaの恭兵、旭川BEYOND THE SCARSのm.a.s等
強めにバックアップしてくれる奴らのお陰で
この時も一切活動は止まらなかった。
5人体制になって一年弱、
maboが正メンバーとなり
2nd SINGLE 「BROTHERHOOD」リリース
そして今に至るわけで、
ここでは書ききれない程のエピソードやステージがある。
今年8.9月に10周年企画を終え、
ここからどうなっていくかは
己ら次第というとこで。
ありがたいオファーも多く頂けるようになり
忙しいっちゃ忙しい。
FLIP OUTは形を変え
歪ながらも
まだ、この街にあります。