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政府の資金源(盗み先)の一つ
国債 (国民の貯金から盗む)について。
国債は国の借金、ローン。
ローンを組むには審査がある。
貸したお金に利子を付けて返すあてのない人には誰もお金を貸さない。
政府は経済活動を行わない。
したがって収益をだすことはない。
お金を稼がない人は借金できないのに、
お金を稼がない国はどうして借金できるのか。
国債を発行して、お金を借りても、政府は運用しない。
利益がない。収益がない。利息を支払う根拠はどこにもない。
だから政府が借金できるのはおかしいのだ。
程度の問題ではない。金額の問題ではない。理屈と哲学の問題だ。
最初の一円から国債の発行は、経済の基礎理念に反している。
一円でも国債を発行しなければならないということは、
その国はすでに破綻しているのだ。
===ウィキペディアより===
2010年の日本の公債はGDPの198%と推計されている。
これはジンバブエ の234%に次ぎ世界で2番目であり、先進工業国の中では突出している。
2011年に債務不履行の危機にあるギリシャは143%であった
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日本の社会保障費用は年間75兆円。
内、60%は保険金。残りの40%(30兆円)は国債を発行してまかなっている。
国が国債で借りたお金は社会保障でばらまかれて、もうどこにもない。
銀行は国民の貯金で国債を買っている。
銀行にある国民のお金は本来企業活動へ再投資されるべきお金であるのに、
社会保障のために使われている。
ということは日本は、もはや資本主義国家ではない。
余剰金を社会保障にまわす社会主義国家である。
政府の本来の機能は、暴力と詐欺から人を守ること。
一定の価値を維持する通貨を発行し、インフレもデフレも起こらないようにすることが、
政府と中央銀行の経済における役割。
政府のお金はない。全ては国民のお金。
政府は1円でもお金を使おうと思ったら、それはどこかから盗んでこなければならない。
創造していない価値を消費することはできないので、
実体経済で創造した価値を消費する以外に方法はない。
そもそも国民のお金以外のお金は存在しない。
政府の資金源(盗み先)は3つ。
税金 (国民から直接盗む)。
国債 (国民の貯金から盗む)。
インフレ (お金を勝手に刷って国民のお金の価値を少なくする)。
果たして、日本政府は資本主義国家としての政府の役割を果たしているのか。
国内総生産(GDP)は、一年間に創造される物資やサービスの金額を集計したもので、
経済成長を把握するためのもっとも基礎的な指標。
国内総生産(GDP)が成長すれば、国民生活が豊かになる。
国内総生産を成長させるには、物資やサービスが生産されなければならない。
物資やサービスを生産するのは企業であり、企業が物資やサービスを生産するには、資本が必要。
資本⇒企業活動⇒物資やサービスの生産⇒消費⇒売り上げ、余剰金を資本へ再投資⇒より活発な企業活動⇒生産性の向上⇒消費⇒より多くの売り上げ、余剰金を資本へ再投資・・・・・⇒豊かな国民生活
企業活動が活発になれば、雇用の機会も増える。
経済が上向きになり、消費も増え、個人の貯蓄額も増える。
銀行は、個々人の貯金を運用し、
資本が必要な企業へ貸し付け、さらなる企業活動の活発化を後押しする。
こうして国民生活がどんどん豊かになっていく。
実際、国民生活が豊かになった高度経済成長期時代の日本。
果たして、今の日本は資本主義国家なのだろうか。
資本主義
社会に余剰金が出たとき、その余剰金を会社の資本に投入し、さらに経済を豊かにしていくという主義であり、そのシステム。
会社に利益がでたら、その利益を会社に残し、さらに事業拡大をはかる資金にする。
それによって、設備投資・研究開発などが拡充し、生産性が向上し、国民の生活が豊かになる。
社会主義
社会に余剰金が出たとき、その余剰金を社会保障にまわすという思想。
会社に利益がでたら、その利益を政府が徴収し、社会保障の名の下に国民にばらまく。よって生産性の向上をする動悸が弱く、経済成長する道もなく、国民の消費できる物資やサービスがいつまで経っても乏しいままになる。
果たして、日本は資本主義国家なのだろうか。







