脳脊髄液減少症になって -16ページ目

脳脊髄液減少症になって

脳脊髄液減少症という病気で自宅療養しています。症状や体調の変化などを書いてます。

9回目のブラッドパッチから2年9ヶ月が経ちました。

主な症状は頭痛とめまいです。

体を起こせる時間は1日のうち5〜6時間です。

先月は14日ほど外出しました。

この10年以上外出する時は杖を使っていたのですが、1ヶ月位前から杖無しで外出しています。

杖が無いとこんなに身軽で動きやすいのかと驚いています。


末期の肺がんで間質性肺炎も患っている75才の父は10月29日の火曜日からベッドで動けなくなりました。

トイレも行けなくなり紙パンツを履きました。


11月2日の土曜日の午後4時過ぎにはひどい息苦しさを訴え、訪看に連絡したところ救急車を呼ぶように言われ、119番通報して救急車を呼び、いつも通院している病院に搬送されました。


約2ヶ月ぶりの入院になり、モルヒネなどを投与して1週間以上持ちこたえてくれましたが、11月11日月曜日の朝6時過ぎに容態が急変しました。


6時25分頃病院の看護士さんから父の容態の急変の電話があり、タクシーで行こうとしたのですがまだ営業してなくて、近所の人が車を出してくれて急いで駆けつけたのですが、病院に着いたのは7時10分頃でした。


父は看護士さんが私に連絡した後すぐに息を引き取ったようで、死に目に会うことはできませんでしたが、

「肺がんの方にしてはあまり苦しまれなかったです」

と言われ少し救われた気になりました。


とてもきれいな死に顔でした。

 

多くの医師や看護士に見送られて10時頃に葬儀社の霊柩車で病院を出ました。


そのまま葬儀場に行き、夜に通夜、翌日の12日火曜日に葬儀を執り行いました。


通夜や葬儀には親戚や父の友人ら40人ほどが集まってくださいました。


私が喪主で、挨拶をちゃんとできるのかすごく不安でしたが、10才の姪を相手にダメ出しされながら練習した甲斐があったのかなんとか務めることができました。


和やかな雰囲気で、父のために泣いてくれる方もいらっしゃって、父も喜んでいるんじゃないかと思います。


相続手続きが少しありますが、父も最期までがんばってくれましたし、私ももう少しがんばろうと思います。