今日はたくさんのひとが4年前のことを思い出してるんだろうなあ。
正直、アタシは、ずっと実感がなかった。
揺れていたときも、避難という形で建物の外に出たときも、ネットニュースやツイッターで情報を集めてたときも、人の波の混ざって数時間歩いたときも。
家に着いて、テレビの画面の向こうで起きている光景を観ても、“実感”はあんまりなかった。
あれだけのことが起きてなお、アタシには現実が遠かった。
自分とは別世界の物語のように思えた。
家族のことは心配だったけど、誰かがいなくなるということが想像出来なかった。
実際、有難いことに、みんな無事だったし。
アタシが直接連絡が取れる範囲は、無事だったんだよ。
「死」とか「喪失感」に対する恐怖は水面に少し顔を出しただけで、しばらくしたら再び底深くへと沈んでいった。
やりきれない悲しさや怒りに出遭わずに済んだアタシは、間違いなく幸運なんだと思う。
あの日の出来事をニュースや本で知っていく。
死ぬのは怖いし、生き残るのもツライ。
だけど、いま、生きているから、簡単に諦めることは出来ない。
喪う怖さはいつだって奥底に眠っている。
実感は未だ遠いけれど、ここにいられ る幸せは感じてる。
だからときどき振り返りながら、前に進むよ。
繋がってくれているひとが、いなくならないように。
正直、アタシは、ずっと実感がなかった。
揺れていたときも、避難という形で建物の外に出たときも、ネットニュースやツイッターで情報を集めてたときも、人の波の混ざって数時間歩いたときも。
家に着いて、テレビの画面の向こうで起きている光景を観ても、“実感”はあんまりなかった。
あれだけのことが起きてなお、アタシには現実が遠かった。
自分とは別世界の物語のように思えた。
家族のことは心配だったけど、誰かがいなくなるということが想像出来なかった。
実際、有難いことに、みんな無事だったし。
アタシが直接連絡が取れる範囲は、無事だったんだよ。
「死」とか「喪失感」に対する恐怖は水面に少し顔を出しただけで、しばらくしたら再び底深くへと沈んでいった。
やりきれない悲しさや怒りに出遭わずに済んだアタシは、間違いなく幸運なんだと思う。
あの日の出来事をニュースや本で知っていく。
死ぬのは怖いし、生き残るのもツライ。
だけど、いま、生きているから、簡単に諦めることは出来ない。
喪う怖さはいつだって奥底に眠っている。
実感は未だ遠いけれど、ここにいられ る幸せは感じてる。
だからときどき振り返りながら、前に進むよ。
繋がってくれているひとが、いなくならないように。


