NY生活が始まって、観光嫌いな私もとりあえずは、土地に慣れないとで、とりあずは街を歩き回ってはみたものだった 自由の女神



当時はデジカメの時代でもなく、もっぱらカメラとフィルムを使っていた時代 カメラ



使い捨てカメラも使ったなー



そのときに撮影した写真をお見せしましょう

ダウン まずは、今は亡きツインタワー(ワールドトレードセンター)

この写真は1999年

このビルの下のほうにあったアウトレットCentury21にはよく行っていた

今はどこにあるのだろう?

この日は、天気が悪くはっきりと見えないが、確かに写っています

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ダウン 続いて、お決まりのタイムズスクエアー

当時は、カップヌードルがドカーンとあり、日本って凄いなーと思いましたねー

カップヌードルはNYでも簡単に手に入りましたが、日本では味わったことのないフレーバーばかり

大好きだったのは、ホワイトソース系の味はまるでシチューのようなクリーミーなソースでおいしかった

タイムズスクエアーには良く行きましたね

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ダウン そして、あまり、思い出はありませんが、とりあえず近くに行ってみました

マディソンスクエアーガーデン

ま、当時はここでいつかパフォーマンスをするもんだと思っておりました あせる

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ダウン 夜の景色ですが、エンパイア・ステート・ビルディング

ここは、いつも真下を歩くのみ

一度も上ったことはありませんでした

街を歩いていると、ビルディングが全て高いもので、下は普通の建物なわけで、エンパイアとはいつも気がつかず歩いてましたね 汗

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ダウン そして、大好きだったのがこの壁画

ソーホーによく買い物に行った私

地下鉄を降りて外に出るとこれがありました

このDKNYの絵は日本でも見ていたので、これに圧倒されたのを覚えています

この壁画は時期で変わりますが、私が始めに訪れたときは常にこれがここにありまして、これを見るたびにNYに来たことを実感させられましたラブラブ!

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ダウン 貴重な画像

私には数少ない経験で、ニュージャージに車で行ったときに写した、ニュージャージからのNYマンハッタンの画像

当時はいいカメラマンではないですね シラー

メインなもの全く写ってないですね 汗

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当事の若かった自分は、いかに観光客に見られず、現地の人を装おう !? という、無謀なテーマを持っていた自分

あまり、カメラや旅行書を持って歩きたくなかった私

英語もろくに話せないくせに 叫び

よくやったよ

自称現地人としていきがっていた自分ですが、こんな私に道を尋ねてくるアメリカ人

どう考えても現地人ではない私のルックスによく聞きに来たもんだ !?

が、もちろん道を聞かれても答えることもできずに一人で落ち込んでいましたね

くっそープンプン

早く、案内できるぐらいに成長したいものです


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ルームメートの女性は外人っぽかった



というのも、いろいろ理由があるが



ぶっちゃけ、お綺麗なわけでもなかったがおしゃれで、化粧もしっかりして、家にあるコスメは全てがブランドだった



ザ・アジア人というぐらい目が細くて一重



きっと、外国ではザ・アジア人って感じのほうが逆に美人なのだろう



でも、自信が満ち溢れてキラキラしていた キラキラ



というのも、彼女はジョージア州かなんかの田舎の大学に行きそこで出会ったアメリカ人の彼がいて、その方と結婚する予定だった



写真を見せてもらったがこれまたいまいちな2人 かお だったが、とても幸せそうだった



来月には彼がNYに来て、何ヵ月後には結婚する予定で日本に一緒に帰るとか !?



で、このアパートも何ヵ月後には去る予定らしかった



と、なると、私はまた次のアパートを探さなくてはいけないってことか

ま、今、来たばかりだし、先の事は後で考えよう




ルームメートとしてのルールはざっくばらんで、家賃はとりあえず全部込みで$700でいいよと言っていた



国際電話も使い放題、とかって、逆に使いづらかったけど・・・・



これが高いか安いか全く分からなかったが、とりあえず、今月分を支払った



今考えると、これは半分の額ではない

ぶっちゃけ彼女が半分以上は余裕で支払っていた




彼女は日本の旅行代理店で働いていると聞いていたが、実際は、先月で辞めたと言っていた



今は、スペイン語に興味があり、勉強がてらスパニッシュレストランでバイトをしているという



そのシフトも決まっておらず、友達のレストランと言うことで、お金が欲しいときに電話をして行っていた



金銭感覚では不思議な人だったがいつも『なんとかなる!!』が口癖だった



お金が必要だと、フィアンセの彼が送ってくれるらしく、お金に困ってることは一度もなかった



というのも、初めから私がルームメートにならなくてもこのアパートに住んでたわけで、私の払う家賃も小遣い程度だったのだろう



このアパートは近くのカフェを経営してる知り合いのモロッコ人の知り合いのアパートらしく、彼女の顔は広かった



その金持ちのモロッコ人の日本人のフィアンセがルームメートの友達らしく安く借りていたのだろうか はてなマーク



アパートをシェアするのは初めての私



どんなものか全く分からなかったのだが、私たちは・・・・・・



リビングルームとベッドルームが2つあるのだが、ベッドルームにベッドが2つあるもので、こっちが私で、こっちがあなたという風にはいかなった



リビングルームのソファーはベッドになるようだったが、面倒なので、ベッドルームに一緒に寝て、リビングはリビングで使おうということになった



これだと、寂しくもなく、楽しそうだったし、ルームシェアとはこんなものかと思ったので、OKしたものの・・・・



今考えると、ビックリだよね

普通はそれぞれ部屋があって、ドアに鍵もついてるよね




ルームメートは私に『NYでどうなりたいのはてなマーク』と聞いてきた



『まずは英語が話せるようになりたい』



彼女はとっさに、『NYでは無理だよ』



意味が分からなかった



NYでは日本人がたくさんいすぎて、どの学校に行っても日本人同士で集まって日本語しか話さなくて、話せるようになんてならないよ、という



彼女のアメリカでの大学生時代は田舎で誰も日本人がいなくて大変だったという



ホームシックにもなるし、本当に大変だったと



ホームシックになってなんぼだねビックリマーク



英語が話せるようになりたいなら、これから私と英語で話そうよ ビックリマーク とのこと



日本人相手に、英語ペラペラの彼女と英語を話すのは恥ずかしかったが、やるしかない プンプンと頑張ろうと思った



ま、お互い普通の生活に入った私たちはそれほど会う機会はなかったがとりあえずは片言の英語ででも会話をした



彼女は私の変な英語ででもしっかりと会話をしてくれたのだった



いつまでも、ルームメートも私の生活に付き合ってくれるわけではない



自立しよう



私は、毎日旅行書を眺め行きたい所を探し、とりあずは、生活を始めないと ビックリマーク と気合を入れた プンプン



まずは、食料調達からだ



そして、公共の乗り物に乗れたり、買い物が出来たり、やることはたくさんある 



頑張ろう グー




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部屋にたどり着き、スーツケースを開け、とりあえずルームメートにお土産を渡した



日本の味が恋しいかと、お決まりの日本食をあげた



が、ルームメートはそれほど喜んでいる様子もなく、すぐにベットに放り投げた 叫び



あとから、分かったが、NYでは日本食はお金を出せばなんでも買えるし、彼女はNYライフに染まっており、特に日本が恋しいわけでもなかったのだった



それから、彼女は銀行員の彼と連絡を取り、外出しようとのことでだった



すぐに彼はアパートに来て私たちは外出した



徒歩で



そのときはすでに夕方を過ぎていたが、日が暮れる気配は全くなかった



ので、時間間隔が全くなかった



外は賑やかでたくさんの人が外のカフェやらレストランやらで盛り上がっていた



そこからすぐにたどり着いたのはFRIDAYと言う、バーはてなマークだった

$BLACKNESE LIFE ★現在 NYLIFE編★-フライデー


今考えると、今では日本でもあるし、イギリスにでもあるチェーンのレストランだった

サンドイッチなどがメインでバーカウンターでは様々なカクテルを作ってくれる




私たちは、バーカウンターに座ったので、ここがレストランだったと言う認識はなかった



ルームメートはバーテンダーと顔なじみのようでこれまた楽しそうに話していた



行くところでは、私の事をいつも紹介してくれてうれしかった



バーと言うことだったけど、日本では居酒屋でちょっと焼酎の梅酒サワー程度ぐらいしか飲んだことがないし、アルコールが得意だったわけでもないし、まだNYについてから何も口にしていないので、またコーラを飲んだ私だった しょぼん



楽しく振舞ってはいたものの、そりゃー実際は疲れていて、機内では一睡もしていない私は頭がぼーっとしており、ナチュラルハイだったがそんな弱音はどこにもはけなかった



彼と、ルームメートは私の事をいろいろ聞いてくれた



今だからこそ言うけど・・・・・



お父さんとのやり取りが大変だったこと、家探しが大変だったこと、ぶっちゃけ話をいろいろしてもらい盛り上がった



本当に迷惑かけたと申し訳なかった



ダンスでNYに来た !?



こんな若者はうじゃうじゃいるそうで、ま、せいぜい頑張りなと、軽くあしらわれた



逆に、日本では普通の人にダンスをやってるなんて言ったら、白い目で見られていた時代だったが普通に聞きなれている様子で安心した



それから、彼は家に帰り、私たちも一度家に戻ったが、また、ディナーを求めに外に出た



近くの日本食レストランに連れて行ってくれた ラーメン



その時は私も日本から着たばかりで、日本食に飢えているわけでもなかったので、ありがたく感じなかったがルームメートに連れられて行き、そこでも彼女の知り合いがおり、そこで働いている人がダンサーと言うことで、私を紹介してくれたのだった



ありがたかったが、そのときの私はNYに来てまでも日本人に出会いたくはないと思っていたので、それまたありがたいとは思わなかったのだった シラー



その日は、銀行員の方やら、ルームメートの方がお金を全て出してくれていた



後に聞くと、親父がその彼にお金を送っていたのだった

娘をこれで食べさせてくれと

今考えると、親って凄いな、と思い感謝もするが、当時はいつも通りで、親父らしいとだけしか思わなかったのだった




こうしてNYの初日は幕を閉じた



まるで、映画の中にいる感じだった



疲れているくせに寝付けなかった



明日の予定なんて全くない



何をするんだろう はてなマーク



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飛行機を降りて、夢でも見たNYに降り立った 自由の女神



前にも言ったが、日差しが強く、雲ひとつない青空で、空が広く、匂いが日本とは違っていた 晴れ



お迎えの人の後を突いていき、車にたどり着いた



日本車とは違って、中も外もどことなく汚かった



中古で買ったと言う



なんか、それも外国っぽかった



2人は気を使ってくれて、私を助手席に座らせてくれた 車



どこを走っているのか分からなかったが、今考えると、もちろんブルックリンを通り、クイーンズを通っていたわけで・・・・・



道のりは結構静かな裏道で、ストリートはゴミでかなり汚くて、ちょっと怖さを感じたものだった 叫び



これが、NYかあ はてなマーク



親父が昔にNYに来たことがあり、地下鉄も落書きで汚く、まだまだ危険な街だということは耳にしていた



途中で、のどが渇いたということで、マックマックポテト に寄った



日本でも、マックに行った経験のない私はドキドキしたもんだった ドキドキ



かなりの暑さで、私ものどが渇いていたのでちょうど良かった



早速、店内に入ると、お客さんは黒人が多かった



これまた映画の世界で見たでかいからだのビッグママと小さな子供が走り回っていた



店員さんも黒人店員が多く、客とキャッシャーの間には透明の壁があった



これを見る限りで、NYは確かに怖い場所だと言うことを身にしみて分かった



銀行員の彼が慣れた感じで、私の飲み物をオーダーしてくれた



かっこよかった



店員さんは、日本のマックのスマイルゼロ円 スマイル とは程遠く、笑顔もなく、客を待たせているあせりもなく、だらだらと仕事をしていた



これまた、外国っぽくて、『自由っていいな』と子供じみた感覚が私をワクワクさせた ニコニコ



なんか、日本で小さいことでくよくよしていた自分が馬鹿らしくなった



飲み物の選択はアイスティーもあるわけでもなく、とりあえず迷惑をかけないように、コーラで済ませた



受け取ってみると、日本では見たことのない大きさだった 叫び



こんな量の炭酸飲料を日本では飲んだことがなかったので、飲みきれるのか不安だった



車に乗り込み、また進む



確か、クイーンズブリッジを渡り、とうとうテレビで見たような光景を目にし始めた



高い高層ビル



いやー、景色が凄かった



これだ!夢でも見たマンハッタンだ!!!!



マンハッタンに近づくにつれ、私の上半身はのけぞりかえってきた



迎えに来てくれた2人も今まで日本でであった人たちと違っていた



なんか、年上だからと言っての、上下関係がなかったり、とても気楽に話すことが出来た



それからすぐに私のアパートやらにたどり着いた



そこはもう、マジでTVの世界



なんといっても、今では驚きだったが、56thSt.7thアベニューと8thアベニューの間だった



ほんと、当時はその凄さに気づいていなかったが今考えると、マジで夢のような場所であった



どこが、アパート?と言う感じの高層ビル ビル のなか、ホテルかと思うぐらいの建物の中に入る



建物は古い感じで絨毯が敷き詰められており、1階には管理人の叔父さん、ドアマンがいた



ルームメートの女性の方はもちろん顔なじみで、これまたぺラペーラと会話をしたいた



私はというと、NHK英会話で習ったのか、中学の教科書で習ったのかだけのレベルの会話



『ハーイ、ナイストウゥミーチューパー』で、円満な笑顔で乗り切った



そのあとに頬にチューのあいさつは相手の引っ張られるように薦められた ドクロ



お迎えに来てくれた人はとりあえず、家が近いと言うことで、車を戻しにその場を去った



スーツケースを運ぶのをドアマンが手伝ってくれ、エレベーターを呼ぶ



すると・・・・・地下から凄いチェーンの音と共に上がってきて、表のドアは手動式で開けるシステムだった



世界最先端な街なのに何十年前のシステムだよ はてなマーク



と、驚いた



そして、エレベーターには叔父さんが乗っていた



また、ルームメートはあいさつを交わし、私を紹介してくれた



ここまでで、2人の人に紹介され、早速、NYカーに私を知ってくれる人がいて、気分が上がった アップ



実際に英語をかわし、自分もこれならいけるんちゃう はてなマーク



と自信も沸いてきた



エレベーターの中では、叔父ちゃんがエレベーターを操作していた



レバーを押して、チェーンの音がチャリチャリ鳴って、上がっていく



このシステムは、地下にエレベーター叔父ちゃんが24時間待機しており



ボタンを押すと、叔父ちゃんが乗り手動式で地下から上がってくるシステムだった



なんと、古いんだ 叫び



ま、それも外国っぽいのかな?



確か6階だったかな はてなマーク



エレベーターの外に出ると、これまた古い感じで素敵だった



そこは結構広く静かだったが、ドアが5個ぐらいあったかも



たまに会う住人はみんな白人でお金持ちそうな人ばかりだった



部屋に入ると、これまた全ての家具が揃い素敵だった



ドアを開けると、小さかったがキッチンがあリ、右にでかいテレビがあるリビングルーム



左にはキングサイズのベッドが2つあるベッドルーム



ベッドルームの奥にはバスルームがあった



家具もアンティークっぽい感じで今考えると、イギリスチックなとっても素敵だったが、当時の若い私にとってはちょっとおばあちゃんっぽい感じかなとも思っていたりもした



窓は全開でかなり暑かった 晴れ



外の景色は、隣の建物の壁が少し先にあって眺めは良くなかった



でも、ようやく我が家にたどり着いた ニコニコ



いよいよNY LIFEが始まる



楽しみでしょうがなかった



とりあえず、日本の両親に電話をした 電話



初めての国際電話でドキドキしたが旅行書を見ながら電話をした



いろいろやりたかったので、両親の声が懐かしいわけでもなく、とりあえず無事着いたと言うことを話し電話を切った



これまた、今考えると、冷たい子供だよな シラー

親がどれだけ心配していたのか はてなマーク

当時は親のありがたさなんてまったく感じてなく、親の事なんて心配もしないで、日本脱出したことだけがとにかくうれしかったのだった ニコニコ

まじで、ガキだった




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長いフライトを終え飛行機が着陸する 飛行機



長かったなー



機内でこんなににも、ギャー人に囲まれて緊張を隠しきれなかった 叫び



あの、憧れのJFK空港



さあ、行こう!!



まずは、うわさにも聞いていたが難関のイミグレーション




旅行代理店には帰りのチケットを見せて、何しに来たの?と聞かれたら、とりあえず『サイトシーイング(観光)』と答えればいいと言われたので、その準備はしておいた



空港は、日本の成田空港と違って、薄暗かった



イミグレの人たちは、日本とは違ってカスタマーサービス的な笑顔はなく、かったるさをも出していた



映画の世界でよく見るめっちゃでかい黒人のおばさんとか、見るもの全てが怖そうだった 叫び



機内ではアメリカ人が多かったせいか、外人用の列はそれほど人がいなく、すぐに私の番が来た



海外旅行が始めての私のパスポートは真っ白だった



と、ドキドキしながら何の質問をされるのか待っていると、聞かれたのは、『アメリカ初めてはてなマーク』だけだった



で、答えは満面の笑みで『YES!!』



それだけで、無事イミグレを通過した



簡単やん シラー



次に荷物を受け取りに行くわけだが、これはどうも分からないので、とりあえず一緒の飛行機だった人の後を着いていってなんとか到着



私のスーツケースも無事ゲットしたときになんと、犬が近くに寄ってきた しっぽフリフリ



かわいいと思った矢先



怖そうな人もいっしょだった



これは、後に知ったがドラッグ検査の検察犬だった 叫び



私のバッグをクンクン嗅いでいる犬



周りから注目される私 目



『中に何が入っているはてなマーク』と聞かれ、開けると、成田空港で買ったミルクコーヒーのペットボトルだった



単なる甘いにおいに引かれた検察犬、こやつ大丈夫なのか?



と、その犬はすぐにお叱りされておりました



ドラッグだけではなく、ハムやら肉やらを輸入してはいけないので、それらもチェックしているのであろう



初めからのドキドキ ドキドキ



アメリカって・・・・・・・・・・アメリカ



ま、無事でかいスーツケースを引き下げ、外に出る



外では、親父の銀行のNY支店で働いてるという、男性1人とそのお友達である、私のルームメートになるという女性の方が私を待っているとの事



お互い会ったこともないので、お決まりで、プラカードに私の名前を持っているとの事



出てみると、すぐに発見した 目



というのも、アジア人らしき人が少なかったので簡単だった



大学時代はダンサー仲間らとしかつるんでなかった私は、なんか普通の人に会うのは久しぶりで、私とは別世界な真面目そうな人だった



ルームメートの女性の方は、はっきりいうとお綺麗な方ではなかったが、なんか、アメリカンな感じが妙にするお方だった



NYの地に足をつける



外の景色を眺める



暑くて、青空で、空が広かった 晴れ



匂いが違ってた



あまりにも日差しが強く、日本ではあまりお見かけしなかったが、2人ともサングラスをかけていた理由が分かった普通の人々



私も、はやくサングラスを買おう !!



とうとう、本当に私の何年も憧れていた、夢だった、NYライフが始まる



楽しみでしょうがない



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