半年ぶりにブログを。
最近、GACKTが自分と同じ歳だった事を
知り衝撃をうけた。
てっきり3,4個上だと思っていたからだ。
どんだけ貫禄あんの笑
そこからマリスミゼルについて色々思う事
があってブログに書きたいと思った。
時は1992年
音楽での成功を夢みてBM上京。
仕事に追われ、バンドどころじゃない日々
が1年近く続く。そのあたりから
確かライブハウスに足を運び始め
93年に浦和ナルシス界隈で活動
していたバンドメンバー達と交流が生まれる。
そこで知り合ったVo.がまだ結成間もない
マリスミゼルのローディーをしていた。
当時イングヴェイに夢中だったBM少年は
彼からコレ絶対好きだよって教えて貰った
のがマリスミゼルのバロックという曲。
当時はデモテープで聴かせて貰った。
(もしくはライブ音源だったかも)
一聴して、めちゃくちゃカッコイイ‼️
って虜になった記憶。
当時の記憶ね、
確か摩天楼というバンドが解散して
(現在ある摩天楼オペラとは別)
結成されたのがマリスミゼル
って話をローディーをやっている彼から
聞いた。
(因みにその後摩天楼のドラムだった人とも
知り会ったりする)
とにかく世に羽ばたく前のマリスミゼルを
間近で体現していた。
まだ白黒コピーの自作チラシなんかをみせて
貰った時のVo.のTetsuさんの
ヴィジュアル含め、こりゃすぐ動員増える
よなって感じたのを未だに覚えている。
そして自分たちもバンドを結成しようと
94年前後に動き出す。
目指したのはマリスミゼルのような楽曲と
当時勢いがあったニュークリッドロマンス
だった。
ツインギターという事でもう1人のギター
と何曲かは作ったものの、実際には
ライブをやるまでには至らなかった。
けれども結果的にここでの人脈が東京での
ライブハウスデビューにつながっていく。
いつしか自分のバンドを結成し、活動を
していく中でマリスミゼルからTetsuさん
が脱退することを知る。
そして髪を後ろでまとめた触覚前髪の
新しいVo.GACKT加入のアー写を見る。
当時の感想は、
あ、マリス終わったな。
だった。
どう考えてもTetsuさんの存在感と歌は
超えられないだろと思ったからだ。
しかしだ。
結果は真逆の大成功。
マリスミゼルはGACKT
によって完成したと言えるだろう。
パフォーマンス、歌唱力、ビジュアル
誰も太刀打ち出来ないね。
それをまざまざと見せつけるのが、
メジャー第一弾 ヴェル・エールのPV。
バロックを超える
これぞマリスミゼルと言わんばかりの傑作。
これを当時自分と同じ年齢の若者が表現していた
事に最近、衝撃をうけたんだわ笑
それともう一つ思い出があって
1998年にはバンド活動をやめていたのだが、
住んでいたところのTSUTAYAに買い物に行った
際、月下の夜想曲が流れていてDJが
「オリコン第8位、マリスミゼル月下の夜想曲❗️」
と紹介していたのを聞く。
身近にいたインディーズバンドがどメジャー
で大活躍しているのを目の当たりにした瞬間
だった。
(ピエロやPlastic Treeなんかも間近にいたが)
その後、GACKT脱退騒動からマリスミゼルは
徐々に輝きを失っていったように思う。
勿論ドラムのKamiさんが急逝したのも大きいが。
ただマリスミゼルは良くも悪くもGACKTに
よって繁栄と衰退を経験したバンドだなぁと。
その辺りもこのバンドの儚さや尊さが投影された
歴史の一部かなぁ。
2026年、令和8年にマリスミゼルという希有な
バンドに想いを馳せる。
それは先日、市川クラブGIOというライブハウス
(私がよく出演していたライブハウス)
の跡地を30年ぶりに訪れた事でより
当時の匂いや感覚が蘇ってきた事もきっかけに
なっていると思う。
気になる方は私のインスタを見てみてくださいな。
地下に咲き誇った狂乱と耽美な世界。
俺たちは夢を見ていたのではないのだろうか?
そう思わせるほどあれから時が流れたんだなと…
今回はマリスミゼルについて書きたくなって
ブログを書いたんだが、
こうやって気が向いたら書けばいいかな…
と思った土曜日の昼。
【追記】
最後にマリスミゼルを教えてくれた
ローディー友人が当時教えてくれた情報を。
「Koziくんはまじイケメン❗️」
ーーーでしょうね笑
(マリスファンなら納得か)
