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(1ブログにいいね!は1回/日だけ) ブラックジャックの想うがままの徒然な日記

 

 

 

 

今日気づいたのですが、またXの仕様が変わりましたね

 

 

従前はフォロー中から表示されていたけど、アプリを起動するとデフォルトでおすすめから表示されます

 

ストレスに感じたら、タブをフォロー中に変更するだけです

 

 

 

 

今日の最高気温予想は13℃、結果12.5℃
 

明日の天気予報
日本の天気予報 map

 

 

 

 

 

 

 

【冬はヒートショック注意】
寒さが厳しくなり始めるこの時期、命を奪いかねないヒートショック現象。こんな方は要注意です。


・ご自宅のお風呂で…お湯は熱め派
・ かけ湯をしない
・脱衣所や洗い場が冷えてる etc.


対策をチェックして、安全に冬場の入浴を楽しみましょう。

ヒートショックを防ぐ入浴対策5選

ヒートショックを防ぐための5つの対策 冬の入浴時の注意ポイント - ウェザーニュース

 

 

 

ムッちゃん

爬虫与蔬菜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<20251213土/1214日の振返②青果屋さん>


1店舗目:青果屋さん、紅はるか、玉ねぎ180円、泥ネギ290円、れんこん、長芋、みかん、いちご、りんご、焼き芋など


2店舗目:駅近のスーパー、白菜298円、小松菜88円、茄子158円、泥ネギ298円、キャベツ148円、大根100円、みかん、りんご、トマト、パイナップル、いちご、バナナ、柿など


3店舗目:駅近の青果屋さん、長ネギ100円、にんじん100円、かぼちゃ150円、ピーマン150円、きゅうり2本150円など


4店舗目:近所のスーパー、ブロッコリー298円、チンゲン菜138円、金曜日までほうれん草が99円だったけど158円へw、白菜1/2サイズが89円、大根198円、茄子198円、ぶなしめじ・舞茸・エリンギがそれぞれ79円、エノキ98円など


5店舗目:よく利用していた青果屋さん、白菜109円、長崎のゴーヤ109円、長ネギ、キャベツ、水菜50円、茄子119円、みかん、柿、りんご、いちご、パイナップルなど


6店舗目:信号待ちの時に確認するスーパー、パイナップル、みかん、りんご、ゆず199円、大根139円など


7店舗目:週1で利用しているスーパー、白菜1/2が128円、ほうれん草138円、小松菜88円、ピーマン100円、ブロッコリー198円、きゅうり3本178円、長ネギ178円、キャベツ158円、大根100円など


8店舗目:農家さん①、ほうれん草150円、ゆず1個200円など


9店舗目:農家さん②、みかん5個250円など


10店舗目:農家さん③、大根200円、キャベツ200円、ブロッコリー200円から250円
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アガベ

 

ピンクのアガベ plant

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インカ

インカの黄色いバラ

 


琴音

インカのバラ、淡いピンクの花


ムーン・シャドウ

インカのバラ「琴音」のピンク色


カインダ・ブルー

紫色のバラ「インカ」と蕾
 

 

バラ関連の花言葉

情熱、愛情、あなたを愛します、貞節、美、模範的、熱烈な恋、私を射止めて、愛、内気な恥ずかしさ、輝かしい、愛嬌、新鮮、斬新、無邪気、爽やか、恋、幸福など

 

 

 

 

 

 

 

 

固定電話、持ってる?

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電話創業の日(12月16日 記念日)
1890年(明治23年)のこの日、東京市内と横浜市内の間で日本初の電話事業が開始し、千代田区に設置された電話交換局が営業を始めた。

加入電話は東京155台・横浜44台、電話交換手は女子7人・夜間専門の男子2人が対応した。当時の電話料金は定額料金で東京が40円・横浜35円。この時代、1円で米が15kg買えたため、今の値段にすれば40円は24万円くらいに相当し、当時の電話はとても高価なサービスだったことが分かる。

これよりも21年前の1869年(明治2年)10月23日、横浜裁判所構内に電信機役所が設置され、東京~横浜間で公衆電信線の架設工事が始まった。これに由来して10月23日は「電信電話記念日」、10月20日~26日は「電信電話週間」となっている。

東京~横浜間で電信サービスが開始されたのはその翌年の1870年(明治3年)のことである。

さらに、1876年(明治9年)にアレクサンダー・グラハム・ベル(Alexander Graham Bell、1847~1922年)が電話機を発明すると、翌1877年(明治10年)には工部省が電話機を早速輸入して実験を行い、電話機の国産化に着手した。

そして、上記のように1890年(明治23年)に逓信省により東京~横浜間の電話交換サービスが開始され、電信・電話は同省の下で運営管理されることになった。

当時の電話には電話交換手という電話の回線をつなぐ業務を行う人がいた。電話局内にある交換台において、一組の電話プラグを適切なジャックに差し込むことで、電話の回線を接続し、電話で話すことができた。そのため、電話をかける時は、最初に電話局の交換手を呼び出し、相手の電話に接続してもらっていた。