ある日の事自宅近くの古い航空写真の画像から興味を惹くものを見つけた。
写真は終戦から2年後の足立区保木間付近の物で 中央には国道4号線
その両脇のおそらく水田の中には長閑な周囲の風景に馴染まない異様とも言える工作物
それも周囲の民家や水田の大きさと比較するとかなりの大きさである。
丸いコンクリートの台座の周囲を至近弾の爆風から高射砲を守るために土塁で囲んだ高射砲陣地のようだ。
様々な記録やこの高射砲陣地の規模から考えると
この場所に存在したのは
当時日本にあった高射砲の中でも大型で高性能な三式12cm 高射砲ではないかと推測される。
この高射砲陣地からの砲撃によりB29を9機撃墜したとの記述も見られる。
戦時中の事であるので正確な記録ではないかもしれないのだが。
区内にはB29が撃墜された痕跡や記録が確かに存在している。
郷土資料館には撃墜されたB29のプロペラなどのパーツやかつて北加平町 の墜落地点にあった慰霊碑が展示されており、 都県境付近の入谷にはB29の物と言われているランディングギアのタイヤが畑に埋まっていたりする。
また隣の区の葛飾には まだコンクリート製の高射砲台座が現存しているようで
私の知る御老人は当時近くにお住まいで発射音を良く聞いていたそうだ。
もう一つ古い航空写真を紹介させていただこうと思う
こちらは現在の東京ドーム 当時の後楽園球場の航空写真である 中央の森は小石川植物園になる
こちらにもやはり高射砲陣地の跡が写っている。
かつて東京のあちこちにこのような高射砲が配備され
B29が焼夷弾や爆弾を落とし全てを焼き尽くそうとするような時代があった事を
暗い記憶として痕跡も残さず消してしまうのではなく何かの形で残し後世にも振り返り考える事ができれば良いのだが。
せめてブログの記事にでもしておこうと考え書かせて頂きました。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
それではまた。



