
強そうで意外と弱く、
弱そうで意外と強い。
謙虚でありながら猪突猛進ポジティヴガール。
アイドル界のナイチンゲール、
中西香菜さん。
全裸でペンキを塗りたくりゴリラの変装をして動物園の檻の中へ潜り込みゴリラとは程遠いひょろい俺の姿をあなたに軽蔑な目で見られ「そんなのヤッタルチャンちゃうわ」と道を間違えた俺に冷たくも正確なツッコミをいれてほしい。
スマイレージに加入して以来、
メンバー内で一番
変化、成長したのは、
おそらく彼女ではないだろうか。
もともと未経験者だったから余計にそう感じるのかもしれないが、
逆を言えばそれ故に
人一倍努力したのだろうし、
それは間違いないだろう。
今までも幾度となく“成長”を感じてきたけど、
ここ最近の彼女は、
以前の彼女とはまた違うような気がする。
外見やスキル面ももちろんそうなのだけど、
内面や考え方など、そういった
人間的な部分までも。
歌やダンスに関しては、
聴けば、見れば、それは
明白であり、
表現力も驚くほど
増している。
確実に。
特に歌は以前のそれとは
別物(もちろん良い意味で)
と言って良いほど、
変化、そして
進化している。
そう強く感じた最初のきっかけは、
やはり
「ええか!?/「良い奴」」。
そして先日見たライヴから現在に至るまで。
舞台やバースデーイベントなどにも行かないし、
ライヴだって回数は少ない。
そんな俺だけど、
そう
強く感じるのだ。
そんな今の歌声ももちろん好きなのだが、
それ以前の歌声も、個人的に好きだったりする。
特に、「好きよ、純情反抗期。」での、
なんと言うか、
“彼女なりに表現した感”、
彼女にしかない個性的な歌声が、
今でもこの
マイハートを捕らえて離さない。
なので、あの頃の彼女の歌声を、
今はもう聴くことができないのだと思うと、
少し残念な気もする。
だがしかし、
そうやって勝手に過去へタイムスリップし、
惜しみ悲しむのは間違いであり、
そしてナンセンスな感情なのだ。
そう、むしろ喜ぶべきことなのだ。
なぜなら、これも成長した
確固たる証なのだから。
レッスンやライヴを重ね、自分なりに試行錯誤し、
得た歌声なのだ。
すなわち、
最初から覚悟していたこととはいえ、
1月5日に贈ったゴリラくんの行方が不明だと悲しむことも、
それもまたナンセンスな感情なのだ。
そう思いながらも、
複雑な想いが、今日も
巡る。
「ヤッタルチャン大作戦!」は、
新曲のPRやスマイレージを世に広めるための企画であるとともに、
結果、
彼女自身の成長にも大きく関わる重要な出来事と
なったのではないだろうか。
何事にも真面目に真剣に、
意欲的に積極的に取り組む姿勢人と人との出逢いをとても大切に、
そして感謝の気持ちを決して忘れないそんな、
努力家で誠実で優しい彼女の性格が
色濃く出た企画であり、
現在の彼女に繋がる要素の一つでもあるだろう。
そしてなんと、
ファンの間では有名だが、
その企画繋がりのTwitterにて、
始球式での彼女の画像がきっかけで、
上原浩治投手からフォローがあり、
その中だけではあるが交流もしている。
これはすごいこと。
かなりすごいこと。
らしい。
無知な俺はどれだけすごいのか分からないが、
周りがすごいすごい言うのだからこれはきっとすごいことに
違いない。
野球を知らなかった彼女も、
野球のことはもちろん、
上原投手のことなどもいろいろと
勉強したようで、
更には上原投手の本まで手に入れ、
今では尊敬する一人になったようだ。
人との繋がりを大切にする、
彼女の誠実さをここでも
垣間見る。
こちらもとても喜ばしい出来事である。
よって、
そんな彼女に
嫉妬するなんてことは、
↓①とんでもない行為であり
②不純な感情であり
③これもまたナンセンスな感情であり
④そしてそれは決して俺のことではないのである
そして、
“平等”ということにこだわる彼女。
ファンとしては嬉しくもあり、また悲しいことのような気もする。
悲しいと思ってしまうことは、
彼女のその優しさを冒涜する行為でもあり、
そしてまたナンセンスな感情なのである。
「ヤッタルチャン大作戦!」繋がりでもう一つ。
地元大阪にある、
卵かけご飯専門店
「美味卵」では、
“かななんセット”という商品ができるくらい受け入れられ、
更には、こちらもTwitterで交流もあり、
また
企画が終わった今でも、
彼女自らお店を訪れるという。
彼女の人柄の良さや人懐っこさ、
情熱が
実を結んだ結果と言えよう。
そう、そしてここでも、
人との繋がりを大切にする彼女の誠実さを
垣間見るのだ。
と、一見
しっかりしたようにも見える彼女だが、
いたずらが好きだったり、
かくれんぼが好きだったり、
鬼ごっこが好きだったり、
ガチで
ゴリラが好きだったり、
楽屋でうるさかったり、
突然意味不明なギャグをカマしたりと、
おちゃめで
変な一面もある。
更には、誰かも知らない道行く人(外人)に突然、
「ストロベリィ~?!」などと良く分からない言葉を投げかけたり、
信号待ちの見知らぬ人に、
「好きな色はなんですか?」などと唐突過ぎる質問を投げかけたりと、
怖いもの知らずで
危なっかしい一面も持つ。
これも、大阪人
特有のノリなのだろうか。
だとしたら、
ある意味恐ろしく、それでいて
ファンキーだ。
本人いわく、
「コミュニケーションをとることが大好きなのでついつい」とのことだが、
それにしても危なっかしいのである。
しかしながらこの
“ついつい”。
それは時に、
ワキアイアイで平和な世の中を築くことのできる、
一つの行動なのかもしれない。
きっと、みにくい争いや戦争も減るだろう。
ということは、
彼女は正に、
そう正に
この世の救世主なのかもしれない。
救世主伝説の始まりなのだ。
かどうかは知らないが、
この彼女の“ついつい”は、
未知の可能性を秘めているに違いない。
とは言え、やはり
心配だ。
今はそんな
衝動を抑えるようにしているようだけど、
実際はどうなのだろうか。
とても心配だ。
最近は映画にもハマっているということで、
エセ映画好きな俺からしてみたら、
こちらもまたとても喜ばしいことなのである。
勝手なイメージだが、
まだ観ている本数が少ない
?のか、
(かどうかは定かではないが)
観る映画すべてが、彼女の目には新鮮に映る、
そんな風に感じる。
だが、何事も真剣に受け止める彼女の性格からして、
それはないのかもしれない。
しかし、もしその憶測が正しいのであれば、
今後どのような映画を好むようになるのか、
とっても
興味津々なのである。
楽しそうに映画の話をする彼女。
その中で言っていた、印象的な
言葉がある。
「中途半端な知識で語ることは失礼にあたる」確かにその通り、と感心するとともに、
ここでも彼女の真面目さや誠実さを
垣間見る。
頭の良い彼女は暗算も得意とし、
以前その力を発揮していたが、
最近では武道館公演までの
カウントダウンの
語呂合わせを用いてブログを書いているのだから驚きだ。
どれだけの時間をかけているのか分からないが、
頭の悪い俺なら余裕で5時間はかかってしまいそうだ。
このように、
今に始まったことではないけど、
この歳でこれだから驚きである。
毎回のように。
その度にこの歳の自分を思い返すと、
段違いなその差に相変わらず
笑止である。
毎回のように。
そして
尊敬するとともに頭も下がる。
毎回のように。
どのくらい毎回なのかと言うと、
頭が下がり過ぎて地面突き抜けて世界一周してしまうくらい毎回なのだ。
正に、
地球の裏側からこんにちは状態なのだ。
そんな彼女も、今日で
17歳。
こうして、一歩一歩着実に、
そして
確実に成長してゆく彼女。
欲を言えば、
今後はもっと彼女の
大阪弁や訛りを聞きたい。
そう、ある種、
“本来”とも言える姿を。
しかし、それに関しては彼女なりの理由があるから仕方がない。
そんな自分勝手な
願望も、またナンセンスか。
自信がない、
周りからもそう見られがち、
と言うが、
いや、
それ
故に、
何事にも
ポジティヴに、
どんな時でも強くしっかり
前を向く、
その姿は
素敵だ。
とは言え、
自信がないせいか、
変わろう変わろうと
強く願う彼女。
自分が納得いかない部分は変えたい、
そう思うことは
自然なことだし、
変わることはきっと良いことだけど、
残してほしい部分、
すなわち彼女らしさが
薄れていってしまうのではないか、
でも
そんなことはない、
そう思いながらも、
少し不安でもある。
そんな自分勝手な
憶測も、またナンセンスか。
シャアや渡部篤郎も、きっとそんな俺を許さないだろう。
もういっそのこと俺のことを
ミスターナンセンスと呼んでも構わないさ。
そもそも、
ナンセンスとはどういう状況のことを言うのか。
その意味を
解明するところから始めなければならないようだ。
武道館では、
一体どんな姿を見せてくれるのだろうか。
いや、結局、
どんな姿でも、
“中西香菜”という存在がそこに
在ればいい。
それだけでいいのだ。
とは言え、
彼女について、まだまだ知らない事ばかり。
そんな俺でも、今日、言いたい
言葉がある。
それは
「誕生日、おめでとう」遠く届かぬ場所で
"Yet I'm nothing more than a line in your book"
中西香菜、16への言葉
→
"Illuminant Luminance 16"