東日本大震災により、被災された皆様には心よりご冥福ならびにお見舞いを申し上げます。

震災から2週間が経過しました。

父の故郷は岩手県宮古市、子供の頃に遊びに行った町を毎日テレビで見るたび、胸が痛くなる思いでいっぱいです。

しばらく、日記を書くのを止めていましたが、この日記は自分のために書き留めておこうと思いました。


3月11日金曜日午後2時46分
私は、赤坂見附の東急ホテル14階にいました。
立っていられないほど尋常じゃない揺れ、シャンデリアが大きく揺れ、照明が倒れ、テーブルの上のグラスが飛びました。

地震が起きた瞬間まず思ったことは、『大地震だ、どうしょう、横浜スタジアムに拓実がいる…』と、息子のことで頭がいっぱいでした。

揺れがおさまったところで非常階段を使い、1階まで降りると既に赤坂見附駅前は大混乱、地下鉄も止まり「地下鉄の復旧の見込みはありません。」とアナウンスが響く、そして大きな余震は続く…『ここで電車を待っていても時間がもったいない、とにかく新橋まで歩こう!』と思い、直ぐにコンビニで水と携帯電話の充電器を買い、道路標識を頼りに新橋に向かって歩き始めました。

途中、ビルの壁やガラスの破片が歩道に散乱しているのを見て、本当にぞっとしました。

新橋駅前のSL広場に着くと溢れんばかりの人、駅前のオーロラビジョンで、初めて震災の様子を目にしました。言葉が出ないほど、衝撃的な映像で足がすくみました。

その時ふと、以前見た映画『252生存者あり』を思い出しました。
『ここに居ては2次災害に遭うかもしれない、とにかく拓実を迎えに行かなきゃ』と、ここで横浜まで歩いて帰る決心をしました。

地震が起きた時間は、いつもなら学校がある時間でした。この日に限って4時間授業で、お友達のしょう君と二人でオープン戦を見に横浜スタジアムに行っていました。
拓実は小学5年生。横浜スタジアムは広域避難所になってはいるが、きっと子供二人で途方に暮れているはず…もう、心配で居ても立ってもいられず、ただただ無心で歩き続けました。

品川駅付近になったところで、公衆電話から『関内駅で電車が止まって家に帰れない。』と拓実から連絡がありました。
私は『まずは落ち着いて、先に水を買って、近くにいる大人にどうすれば帰れるか相談しなさい。』と伝えました。公衆電話はどこも長蛇の列でしたから、状況を考え短く切りました。

それから、2時間程経って公衆電話で拓実から電話がありました。
『近くにいる親子連れの人に「どちらに帰りますか?」と聞いたら「横須賀に帰る」と言うので「僕たち子供二人なので一緒に居させて下さい。」とお願いをしたら「一緒にいようね。そのほうが安心だから。」と言ってくれ、今磯子の近くまで歩きて来たんだ。それから、しょう君のお母さんが磯子駅まで車で迎えに来てくれるから、お母さん、僕はもう大丈夫だよ。』と、その時は本当にほっとして涙がでました。
そして拓実は『お母さん大丈夫?お姉ちゃんは家にいるし、あつし君の家に泊まらせてもらうから、お母さんはどこかで休んだ方が良いよ。』と温かい言葉をかけてくれました。

ふと気づくと、歩き出して7時時間半、安心したら足が痛くて痛くて…さすがにパンプスで歩き続けた足はボロボロになってました。

鶴見川を渡り、しばらく行くと鶴見区役所がありました。
鶴見区役所は帰宅困難な方達の避難所になっていました。

私はそこでお世話になることにしました。
鶴見区役所では水とクラッカーを配布していました。そして地元の松尾工務店さんがご厚意でクラッカーやお菓子・パンを提供してくれました。
本当に本当にありがたいと思いました。

区役所はテレビがないので、震災の状況は区役所のラジオで聞いていました。
ラジオからの流れてくる情報は驚くことばかりでした。
そして安心したせいか、歩き疲れたのか、めまいと吐き気に襲われました。

そんな時「市営バスを出せ!」と怒鳴るオヤジ、そして赤ちゃんの泣き声に「うるさい!」と怒鳴るオヤジ。
こんな時にまったく感謝が足りてない身勝手な大人だと思いました。

私は一睡もすることなく朝まで過ごしましたが、鶴見区役所の職員の方々は気を許すことなく、テキパキと一睡もせず働いてらっしゃいました。
深夜でも水とクラッカーを配る時に「どうそ」と笑顔で頑張っていました。

そして、早朝京急線が動き始めた情報を聞き、私は京急鶴見駅に向かいました。
ところが、早朝の電車と思えないほどの混雑。満員で乗ることもできず2本電車を見送りました。そして、なんとか地元の駅についたのは7時過ぎでした。

帰宅をすると、深夜に帰宅した主人がお風呂を沸かし、おにぎりを作って迎えてくれました。
そしてすぐ、拓実もあつし君の家から帰宅し、やっと家族全員揃いました。
本当にこうして無事家族全員が帰宅できたのも、いろいろな方のおかげだと感謝の気持ちでいっぱいになりました。

テレビの映像を見ていると、その衝撃的な映像にただ茫然とするばかりです。

でも、午後は子供が所属するソフトボールチームの卒業式が控えていました。監督・コーチ・役員で相談をし、決行することにしました。

今度は、卒業式まで数時間、疲れていても仮眠なんて言ってられません。
準備をしなくては!! 動かなくては! 
被災した方々を思うと、ぬくぬく寝ていられない心境でした。

そして、卒業式では14人の部員を無事に送り出すことができました。
涙涙の感動的な卒業式となりました。

長い長い一日を振り返り…

帰宅する為に、私は25キロ、息子は10キロ、頑張って歩いたこと。
遠い勤務先の三島から必死に帰宅した主人、停電している家の中でいろいろな連絡を取ってくれた娘、関内から息子と一緒に歩いてくれた親子連れ(お母さんと年長さんの男の子)、息子の友達のしょう君、赤ちゃんがいるのに磯子駅まで車を出してくれたしょう君ママ、あつし君家族、ご近所の方々、本当に人に助けられていること、生かせてもらえていること、ただただ感謝の思いです。

長い長い日記になりましたが、まとまりのない日記、ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。

こうしてmixiができること感謝です。

頑張ろう日本!!


3月26日から三重県熊野市で開催される第4回春季全日本小学生男子ソフトボール大会に、息子が所属する『金沢スターズ』が出場します野球

3歳から野球が好きになった息子は年長からソフトボールを始め、『金沢スターズ』に入り、全国大会出場するのを夢見ていました。

『金沢スターズ』は選考会があり、息子は2回目のトライで、やっと入ることができました。

そして、『金沢スターズ』は、昨年行われた激戦の神奈川県予選で優勝し、みごと「全国大会」への切符を手に入れたのですぴかぴか(新しい)

先日行われた「壮行会」にはサプライズで、なんと、春の甲子園・選抜出場を決めた地元『横浜高校』の渡辺監督がお祝いに来てくれましたぴかぴか(新しい)

夢を叶えよう! 「ハッピー カフェ ☆」 夢を叶えよう! 「ハッピー カフェ ☆」

渡辺監督は、「目標がその日その日を支配する」と書かれた直筆の色紙を選手全員に贈呈してくれましたぴかぴか(新しい)

もう激励です! 息子より、私が興奮してしまいました!

何故なら、甲子園優勝を決めた愛甲選手の時代から、そして松阪投手の春夏連覇から、私は横浜高校のファンで、渡辺監督を尊敬しているからですぴかぴか(新しい)



私、夢がひとつ叶いました!ぴかぴか(新しい) もちろん、息子の夢もです!!ぴかぴか(新しい)

今、選手達は「必ず横浜高校と一緒に優勝旗を金沢区に持って帰ってくる!」と、しっかり目標を立ててます! 本当に心強く、たくましいです!

私も渡辺監督の言葉「目標がその日その日を支配する」をしっかり心に刻みましたぴかぴか(新しい)

『夢は強く思えば、叶うのですねぴかぴか(新しい)

そして私に、「たきちゃん、夢は強く絶対」思えば叶うよ」」と教えてくれたのは私の先輩「バタークッキーさん」でした。
「バタークッキーさん」のブログ、元気でます音譜
おすすめ ↓


私が家族ぐるみでとってもお世話になっている、大好きな『manma』の「birthday party」をみなとみらいのレストランでしましたクラッカー


音楽が大好きな『manma』へのプレゼントは、『歌声喫茶ライブ』音譜


実は、これがめっちゃ、ウケました!!


『manma』も超ごきげんニコニコ

そして「birthday party」に参加した仲間、大喜びニコニコ


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「翼をください」、「想いでの渚」、「明日があるさ」、「卒業写真」、「いつでも夢を」、「秋桜」、「マイウェイ」、「イエスタディ」…音譜


  フォークソング、
  グループサウンズ
  ニューミュージックや昭和歌謡、
  昔懐かしいヒットソングを歌集片手に一緒に歌いましした。


みなとみらいの夜景楽しみながら、ちょっとレトロな気分に酔いしれましたワイン


『歌声喫茶ライブ』、唄うは中村としやさんカラオケ

実は私の兄です合格

司会進行は、私音譜 実は意外とMCできちゃうんですニコニコ


『manma』も仲間もみんな楽しんでくれたラブラブ


帰りに、家族でみなとみらいをバックに「ハイ、ポーズ」カメラ

そう言えば、久しぶりに家族揃って写真とったな~


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小さな幸せだけど、とっても幸せラブラブ


リクエストが多かったから、また横浜で『歌声喫茶ライブ』企画しちゃおうかな 音譜