この頃なんだか天気が良い日が多くて
暖かい日差しを感じられる時間が長くなってきました
居間に鎮座する炬燵さんもそろそろ片づけなきゃなーなんて思い始めた
今日この頃です
学校行っても陽気に負けて少しの間居眠りしたり
小説を読んで一日が終わるなんてこともしばしば・・・
国試の勉強ばかりもしていてもしょうがないし
違う知識を取り込んだり
普段話さないようなクラスメイトとお話しする機会になっています
そんな中で毎日のように一緒に勉強している男友達がいて
その子がよく「相談にのって!」と話しかけてくる
その子の好きな人の話とか国試の勉強方法は?とか
人として成長するにはどうしたらいい?
20歳の時にどんな悩みを持ってましたか?
俺ってどんな人間ですか?
とか色々・・・
この前なんか夜中にLINEで
友:ね、ね!
み:ん?なしたー?
友:今大丈夫?
み:なに急に?笑 大丈夫だけど
友:今から電話してもいー??
み:お、おう
なんだこれ笑
嘘だろ。これ、相手男子なんだぜ。笑
なんていうのは置いといて
人の相談にのるのって結構難しいものですね
人の相談に乗るとき僕の中では
“答えはすでに相手の中に存在している”
という前提がまず先に頭に浮かぶので
それをいかに相手が自分で切り出して、自分で選択して、自分で納得してもらう
そのためにどう筋道を立てていくかを考えて
傾聴して同意して提案して・・・
ってやろうとしても
結果的には違う地点に落ち着いちゃったり
まったく別の話題に流れていったり
思うように相手が望む答えにたどり着かない場合がほとんど
一番最悪なのは
“みずきが思い描く答え”
を相手に選択させてしまっている時があるってこと
これがもう本当に最悪中の最悪
それでも最後に
「今まで話したのは俺の考えのみの話だから、これを答えにそのまましないで
自分でも考えたり、他の人の意見を聞いた方が良い時もあるよ」
なんておためごかしもいいところ
な意見で終わらせてしまう
少し時間を置くと
あの時は違う言い回しの方が伝わりやすかったな
あそこで相手の意見を引き出せばよかったな
なんていつもいつも思い出し反省
最終的には相手が判断する事だから…と無責任さがでてきちゃう
自己嫌悪の繰り返し
たぶん僕は1言えばいいところを10言ってしまう所があるんだと思う
なんでも答え(らしきこと)を教えちゃって相手が考えて答えを導く過程を
ごっそり奪っちゃう
それと、10言っちゃうもんだから、本当に導かなきゃいけない答えだけじゃなくて
様々に答えを提供しちゃうから、逆に選択肢が広がりすぎて何が一番重要なのか
選べなくしてしまっているのかも
と考えつつも、僕の答えが正しいわけじゃないってことはわかっている
けど
正しいか正しくないかの証明もできないから結果的にうやむやになってしまう
やれないことはやるなと思う
けど
相手に何かしてあげたい気持ちは人一倍
そんな矛盾と葛藤の春休み
僕も人間として成長していかなければならない