第15統制 『人知』
~第二章~
あれから一年が経った...
私は今、ある数十人程度の人間が集まる
集落のようなところで暮らしている。
暮らしているという表現は適切ではないのかもしれないが、
この一年、私なりにそれなりの経験をしてきた。
ここに集まる人達は、その間幸運にも出会う事の出来た…
私と同じ日に同じ国で死んだ人達だ。
国籍はバラバラだが、全員英語に堪能なので
コミュニケーションに困ることはない。
新たに知る事もたくさんあった。
一番ショックをうけたのは、行方不明者こそいれど
真に死ぬことの出来た者を誰一人として知らなかったこと。
一時期は"死ねる"という事自体迷信の類のように思えて、
軽い鬱病のような状態になった時もあったくらいだ。
死は怖いし生きるのも怖い。
わがままな意見かもしれないが、つくづく自分が人間である
ということを実感したよ。
ただ、一時的なものかもしれないが、
私は今この場所に生きていることを少なくとも喜びに感じている。
いまのところ死ぬ手がかりは見つからない…
しかし今の私には必要がないのかもしれないな…
「ミハエルさ~ん!チャヨンさんが例の人を連れてきましたよ。」
「おっと、そういえばそうだったね、すっかり忘れていたよ。」
「ミハエルさん頭いいのにそういうところは抜けてるんだよな~。
ほら~!早く行きましょうよ!」
彼は"マシュー・ミラー"、アメリカ人だ。
レンセラー工科大学で工学を学んでいた学生だったらしいが、
彼も私と同様に、あの日地上から排除され、
この世界での生活を強制された人間の一人である。
今日はわれわれが今日まで必死で探していた"ある人物"を
発見、さらには同行していただく事に成功した日として
マシューをはじめ、皆浮き足立っていた。
そういう私も多少興奮気味にその人物のいる場所へと走っていった。
すぐ近くなので、間もなくしてその場所へはついたが、
仲間達が取り囲んでいてよく見えない。
どうやら一人一人握手を行っているようだが、
私としては出来れば静かにこの人物と接したいものだ。
ただ見かねたのか、我々のまとめ役でもあるサユリさんが
仲間達を一喝すると、皆いっせいに座りだし、次第に口を閉じた。
さすがはサユリさんだ。
その後すぐだった。
チャヨンさんのつれてきた人物はゆっくりと口を開いた。
「私に聞きたい事がある…そうおっしゃられましたね。」
「はい、この世界の事についてお聞きしたい事があるのです。」
我々が今からする質問は、実は今まで誰一人として
答えを出せた人間のいなかった質問で、
我々が最も知りたい答えの一つでもある。
しかし、我々はこの人物ならその問いに答えられる、
そんな確信にも似た気持ちを持って彼をここへ招いた。
そう、彼が答えられないなら誰が答えられると私は問いたい。
なぜなら彼は…イエス・キリストその人なのだ。
第14統制 『自由』
そこに立っていたのは監察官のパラだった。
まさか彼があの幻覚を…?
いやしかし…彼のそれとは違う声だった…。
(勘繰る必要はない。
今起きた事と私は無関係だ。)
「…そうだったな。
貴方には隠し事が出来ない事をすっかり忘れていたよ…」
(それよりお前はなぜこのヒュピル共に雑ざっているのだ?
この連中の中にお前を見つけた時は正直驚いた。
この連中と来てもお前には
見る事も触る事も出来ぬというのに。)
「見る?触る…?」
(お前にはティガの姿を視認することはおろか
触る事すら出来ない。
この連中はそんな事も教えてくれなかったのか?)
「ティガ…あぁ、あの声の主のことか。
見ることは出来ない?なぜだ?
何か特別な条件でもあるのか…?」
(あの連中を監察しているのはティガだ。
それはすなわち奴等にとっての専属監察官が
ティガであるということにもなる。
監察官は数え切れない程のヒュピルを監察しているが、
一人のヒュピルにつき監察官は一人しかつけない。
これは神が定めた法の一つでもある。)
そうえいばティガという監察官も口にしていて、
以前から少し気になっていたが、ヒュピルとは人間のことか…。
「…つまり彼が私の監察官ではないから
見る事も触る事も出来ない…ということなのか?」
(そうだ。見えていなかったのだろうが、
ティガはあの連中のまさに眼前にいた。
そもそもあの連中はティガの監察下におかれた者の
集まりだと聞いている。
なぜお前が混じっていたのかはわからぬが、
ティガとの関わりを持とうとする時点で
お前には場違いな話だったということだ。
お前の監察官は私だからな。
私のことが見えるのはそのためだ。)
パラが私の監察官…
そういえば以前会った時、
去り際にそんな事を言っていたな。
なるほど…そういうことだったのか。
私はただ単純に全員同じ方向を向いていただけだと
思っていたが、その実彼等が一点に見つめていたのは
あの声の主そのものだったということか。
ただ…もうひとつ気がかりな事が…
「パラ。
確かに私にはティガという者の姿は見えなかったが、
彼の声は私にも聞こえていた。
その彼の言葉で一つ気がかりなものがあるんだ。
彼が最後に言い放った、
”死にたくばあらゆる方向に目を向け、真に死を願うこと”
という言葉…
この言葉の意味が正直よくわからないんだ。
君は…知っているのか?」
気のせいかもしれないが、この私の問いに対し
パラの表情が少しだけ強張ったような気がした。
(…口の軽いやつだ。
こういうものを"同情"というらしいな。
ティガなどに監察されている人間の
不運たるや考えるもおぞましい。
ただし、 この言葉の意味はわかったところで、
どうなるものでもない。
事実お前はまだ死を求めるに至ってはいないだろう?
知識欲程度のもののために知るべきことではない。)
そうだな…。
以前…いや、ついさっきそんな自分と向き合ったばかりだ。
「その通りだな…わかったよ。」
少し残念そうにこんな事を言った自分がいたが、
本当はむしろ安心しているような気もしてきた。
私は…ただ目標が欲しかっただけなのかもしれない。
"この世界では何も出来ない"
そう思った時、最初に思いついたのが
この生への反抗だった。
でも…私はもう知ってしまった。
自分が死にたがっていないことを…。
私は結局、単純に永遠を怖がって
死という殻に逃げ込もうとしていただけだったのだな。
死ぬ勇気すらないというのに…
(人間らしい考え方と言うやつだな。
だが決して異常というわけではない。
地上においても、この世界においてもな。
"永遠"という呪縛は
この世界における全ての者にとっての責だ。
それはまさに地上における人間という物に
生まれた責と同義のものだとも言える。
私に言える事があるとすればそれは一つ、
お前はこの世界に来て日が浅い、そして知らなすぎる。
まずはこの世界を生きてみろ。
その上で改めて同じ問いに向き合ってみるんだな。)
「わかった…。やってみるよ。」
私はこの世界において何をすべきなのだろうか…?
人間は皆、自分の存在意義や宿命を知ろうする、
求めようとする。
パラの言葉は一見優しい助言にも思えたが、
ある意味では人間の持つそういった欲を
捨てろという言葉にも聞こえた。
"不自由"
これがここに来て私が感じた人間のイメージ。
だからこそ…
生きてみようと思う
自分の死に様をむねに
第一章 『完』
第13統制 『螺旋』
間違いない…
ここは間違いなく、昔私が住んでいたハノーファーの家だ。
しかしなんでこんなところに…?
30歳になって一度訪れた時は既に取り壊されていたはずだが…
!?
私は目を疑った。
今私の目に映っているのは…、あの子供は…私だ。
しかしなぜだ…?こっちを見ている…
そして…その傍らに倒れているのは…そう…、父だ。
血まみれになってうずくまっている…。
そうか…
私はハノーファーの家へ瞬間移動させられたのではなく…
"アノ日"の出来事を見せられているということか…
「さぁミハエル、アタシを殺して…
もういいの…、アタシはもういいの…」
あ…れ…?
今の声、言葉、これは全てあの時姉が言った言葉だ。
でも…今この瞬間この台詞を発したのは…、
この声の主は間違いなく…私だ。
口を動かした…?いや、動かされた…?
どうして私がこの言葉を…これは…
「お姉ちゃん…これ…捨てるね…」
そうだ…捨てるんだ。
遠くへ投げてしまえ…。このままでは姉を殺す事になるぞ!
「わかったわミハエル…アタシが捨てる」
また…なぜだ!!
なぜ私がこの言葉を発す!姉の…レティーツィア姉さんの声が!言葉が…
なぜ私の中から出てくる。
そう私…が言い放った後、"私"は私に近づいてきた。
よし、そうだ。私にそれを渡すんだ!私がそれを捨ててやる!
私が!っ…
……?
腹に…違和感を感じる…
これは…血か…?
まて…私は…死に…
いや…もう死んでいる…
死ぬことは…
そう思った時だった。
私は改めて自分が死にたいと思っていない事を実感したのは。
それと同時に死について本気で向き合えていない自分にも気づいた。
笑えるよ…
自分はもう死んでいるというのに。
自分の立場一つまともに理解していなかっただなんてね…
その後すぐだった。
私が自分自身にあきれ返っていたその直後、
周りの景色が湾曲し、一瞬にして消え去った。
そして広がるこの景色。
目の前は…真っ黒だ。
これは…そうか、戻ったのか。
しかし先ほどまでとは少し…目に映る光景に変化がある…
あれほどいたドミナントの人間が…
ほとんどその場に倒れこんでいるのだ。ピクリとも動かない。
立っている人間は文字通り、"数えるほど"しかいない。
あれは…ノブナガオダか。仁王立ちで疲れた様子すらない…
さすがだな…。
…そうだ!フェルナンドは!?
私はフェルナンドのいたほうこうを見た。
立っていた。
やや苦しそうではあったが彼も立っているうちの一人だった。
「フェルナンド!」
「あ、あぁ…
アンタも耐えたのか…アンタ意外と大した奴だな。」
「フェルナンド…
これが彼等の言う排除なのか…?」
「そうだ…
自分にとって最も苦い経験を最も辛い形で
まるで実際体験しているかのように見せる。
いわゆる精神攻撃ってやつだな…。
おまけにこれに耐えられなかった人間は
見ての通り気絶してピクリとも動かなくなっちまう…
まず一年以上は目が覚めねぇ。
ただこれ自体は相手さんも延々使えるわけじゃねぇ。
俺等のように奴等の限界まで耐えられればコイツはとかれる。
そしてこれに耐えたその時こそ…俺等の番ってわけだ。」
「私達の…?」
「あぁ…
まぁここからはアンタには無関係だ。
少し離れて待ってな。」
「…わかった。」
そう言った直後、フェルナンドの顔付に突然力が無くなった。
よく見ると周りの残った人間も同じような顔をしている。
そしてまたあの声…
(随分残りましたね…
以前見た顔も何人かいるようですが。
知っての通り私にはこれ以上アナタ方を攻撃する力がありません。
もはや無防備と言ってもいいでしょう。
アナタ方の望みはわかっています。
だが私にはその望みを直接"受ける"義務がある。
謹んでお受けいたしましょう。)
…望み?
そういえば彼等の望みは…
(我々の中から監察官を一人選んでくれ!!)
!!!
これは…
直接頭の中に聞こえてきたが…
これはもしかして彼等ドミナントの声…か?
彼等が監察官に…まさか…
(そうでしたね。
ですが何度も言っている通り監察官を選ぶのは私達ではありませんし、
何よりアナタ方に監察官をやっていただく理由がありません。
アナタ方に以前いった"優秀な者の条件"とは
私達を倒せる精神力や団結力ではないという事がわからないのですか?
私達が言える言葉はただ一つ。
”死にたくばあらゆる方向に目を向け、真に死を願うこと”
これが今我々に出来るギリギリの発言です。ご理解下さい。)
彼の言葉の意味はよく理解出来なかったが、
この言葉に対し、あきらかにこちら側の人間の表情が強張った。
「くそ…優秀な者って…こういう事じゃなかったのか…」
「彼等の精神攻撃に勝つ事こそが証明になるんじゃないのか!?」
「ノブさんはもう2回もこれに耐えているんだぞ…」
彼等は口々に不満を漏らしたが、それ以降
声の主が頭に話しかけてくることはなかった。
彼等は絶望していた…
言い方は悪いが、彼等の頑張りがまるで検討違いのものであったことは私にも理解出来た。
それを何十年も前から準備していたのだから…彼等のリアクションももっともなものだろう…。
そんな時だった。
少し離れた場所で傍観していた私に一人の青年が話しかけてきた。
このコバルトグリーンの髪、そしてその冷たい表情…
そこにいたのは、以前出会った監察官の青年、パラだった。
