それは11年前、2011年から始まる物語。
当時、僕は26歳。
とある県のしがない田舎町で結婚式の披露宴でよく見かける新郎新婦さんのプロフィールムービーの制作をフリーランスで営んでいた。
ちょうどこの年の3月11日、東日本で約20,000人の死者、行方不明者が発生し、大津波、放射能漏れで壊滅的な被害が出た東日本大震災が発生した。
国内はもとより、世界中の有志により現地の方々の支援があり、僕も微力ながらボランティアに参加したが、メディアで伝わるイメージを遥かに超える悲惨な光景であった。
そこから国内、はしばらく直接生活に関係ない消費を自粛していく傾向になっていった。
僕の携わっていたブライダル業界も影響は大きくあり、数ヶ月赤字が続いた。
生活が立ち行かなくなり、なんとか回復すべく足掻いたが、収入の柱がこれ1本であったため、どうしようもなかった。
完全に僕の詰めが甘かった。
今さらもうどうしようもない。
とりあえず何か仕事をしなければと求人雑誌をみて手当たり次第連絡して1日でも早く働ける場所を探した。
当時、僕は26歳。
とある県のしがない田舎町で結婚式の披露宴でよく見かける新郎新婦さんのプロフィールムービーの制作をフリーランスで営んでいた。
ちょうどこの年の3月11日、東日本で約20,000人の死者、行方不明者が発生し、大津波、放射能漏れで壊滅的な被害が出た東日本大震災が発生した。
国内はもとより、世界中の有志により現地の方々の支援があり、僕も微力ながらボランティアに参加したが、メディアで伝わるイメージを遥かに超える悲惨な光景であった。
そこから国内、はしばらく直接生活に関係ない消費を自粛していく傾向になっていった。
僕の携わっていたブライダル業界も影響は大きくあり、数ヶ月赤字が続いた。
生活が立ち行かなくなり、なんとか回復すべく足掻いたが、収入の柱がこれ1本であったため、どうしようもなかった。
完全に僕の詰めが甘かった。
今さらもうどうしようもない。
とりあえず何か仕事をしなければと求人雑誌をみて手当たり次第連絡して1日でも早く働ける場所を探した。