復職面談②をしてきました。

総務系の事務の部長と営業部の部長。

営業部の部長は筋肉!スポーツ!みたいな人だ。
私の治療状況をみて、俺なら家族がこんな目にあってるんだから事故の相手のところに乗り込んでやるみたいなことを繰り返し繰り返し言ってました。

はぁ〜。

時短を希望して朝イチで通院してから出社したいと伝えました。

会社からは9時に来れる人間が必要と言われました。

ちーん

引き続き自宅待機になりました。
注射をした日は必ず眠れない。

明日会社から呼び出されてるのになぁー。
医師からの復職証明を提出して、産業医面談まで10日間。それから2週間音沙汰なし。
やっと連絡きたと思ったら、再面談だって。

怪我の治療と復職は認めたけど、PTSDが引っかかってるみたい。精神科行ってるだけで偏見や差別を感じるよ。
とりあえずレコーダーを忘れないようにしよう。

クビとかになりませんように。
前にすすめますように。

今日は硬膜外ブロックを首にドスンと、腰にトリガーブロックを4箇所注射してきました。

もう注射が楽しみなんです。

元気になれるから。

事故の前に戻れるから。

ただ歩いてるだけで幸せ。リハビリ行ってもニコニコしてる。すごく機嫌が良くて明るくてテンションの高い私になります。

こんな時、もちろん事故の前のことも考えます。これが普通だったなぁーって。

ですが、事故から半年間の私も得たことがあるとも感じます。
当たり前の日常では気づけなかったこともそうですが、やってみたいことを元気なうちにやりたいと思うのです。

着付け教室に通いたい。
お花も習ってみたいなぁ。
娘と藍染をやって、お揃いのワンピースが着たい。


そして今日は娘念願の習い事に自転車で行ってみたいを叶えてきました。
自転車用のヘルメットをしっかりしたものに買い替えました。自転車の鍵は落としてしまうかもしれないので、鍵を外しチェーンロックをかいました。チェーンロックも番号ではなく、娘が好きなマークを組み合わせて開錠するので、忘れません。ハートや星やネコちゃんの鍵かわいい。
教室は4時半からなので、4時15分に家を出発。
危険なポイントは声をかけながら行きました。
無事に到着した娘は少しお姉さんに見えました。
帰り道は街灯の下を通りますが、大きなライトをつけた方が安全だなぁと感じ、そのまま自転車屋さんへ。
ライトを付け替えて、タイヤも点検していただきゴムを交換してきました。

私が交通事故にあったので、正直こわかったし、主人も反対していました。
2年生になったらね。と言っていましたが、なんか今日の私なら責任持って娘を応援できる気がしました!

誇らしげな娘。もちろん一人で行かせたりしません。事前に歩いて道を確認して、準備をしてからの挑戦でした。

ブロック注射のおかげです。
本当にありがたいです。
治療を支えてくださる病院の皆様、費用を負担して下さっているE損保、そして保険を使わせて下さる加害者の方、交渉にたつ弁護士の先生、仕事を休ませて下さっている会社の皆様、

恨んだらきりがないけど、感謝して前にすすみたいなぁと調子が良いと思えるものです。




交通事故にあって、右手、首、腰の神経症状で通院していました。

右手が使えないと仕事にならないと会社からは言われました。

電話に出たら、右手でメモ。
ご連絡事項を記録に残すのも基本は話しながら入れて、切ってからメモを確認して登録しています。
会議資料もパソコンを使います。

基本右手が使えないと、どこに行っても仕事がないから、悪化するよりはしっかり治してね!と会社からは言われました。
ペインクリニックの先生は精神科通院もすすめてくれたので、皆様共通の認識で仕事を休んで治す!でした。

弁護士さんを通じて、治療打ち切りをほのめかす電話や、休業損害は払いませんので、休んで困るのはあなたですよ!って連絡もE損保からありました。

私も働けるなら働きたかった。

仕事をしている人は必要だから働いてるんでしょ?
給与があるから生活ができてるんだもの。
無くても良いなら主婦やってます。

弁護士の先生は、争う姿勢は全くない方で、損保さんが仰っていることもわかるので、私たちは労基を頼っていきましょう!との方針でした。

私は通勤災害なので、幸いにも労基に書類を出して調査して貰えば、少しは損害が認められるかもしれません。
労基への手続きは、弁護士特約の業務範囲外なので、全部自分でやらなくてはいけません。
何のための弁護士特約なんだと肩を落としましたが、アドバイスはもらえるので、たくさんの書類を左手で書きました。
しかし、書類を出して3ヶ月がたちました。
労基から、E損保さんに再三依頼していますが、事故の書類がいただけず、手続きができないんですとの電話がありました。
ここまで返送いただけないのはなかなか無くてですね‥と労基も困っていました。

弁護士の先生にもご相談し、早急に対応いただくようにお願いしました。

これは嫌がらせ?

交通事故の治療で通院しているペインクリニックから精神科の通院をすすめられた。

事故後1ヶ月後でした。
この頃はパニックになることが多くて、
横断歩道がこわい。
ひかれた白い車がこわい。
クラクションや大きい音がこわい。

主な症状は過呼吸と動悸
睡眠不足、横断歩道は怖いのに車が接近してくるとクラクラして動けなくなってしまった。

病院へ行くときは自宅の前からバスに乗り、病院の前で降りて、横断歩道一つわたることが必要だったけど、とにかく苦しかった。

精神科は初めてでした。
ビルの最上階の太陽が降り注ぎ明るいイメージの病院でしたが、階下が望める景色も怖かったし、明るいのも嫌でした。
診察室ではカウンセリングをしていただきました。
あの時、よけきれなければあと少しでひかれた瞬間や、ぶつかってきた時のドライバーが全く左を見ていなかったこと、思い出して怖くなること。
事故にあった後悔で眠れなくなっていることを伝えました。


それまで普通に暮らしていたことが奪われた恐怖と保険会社とのやりとり。
あの時事故にあわなければ、事故の前に戻りたいとそればかり考えていました。

初期の診断は適応障害。
その後、PTSDと診断されています。

こんなに苦しんでも、相手は私が弱いからと言ってきます。私は事故前まで精神科に通院したことはありませんでした。保健会社は怪我しか認めてくれません。

毎月の治療は健康保険を使っています。
一回の通院で4000円程かかります。
私は仕事を休んだ期間、無収入です。
事故の瞬間から、無収入です。

この無収入も自分自身を追い詰めました。

事故にあって、わたしの生活圏内は病院とスーパーだけになった。

最低限の行動範囲です。

先生や看護師さん、あと家族と交わす言葉だけ。

ぶっちゃけ娘とはそんなに噛み合わないし、旦那はほとんどこっちも見ずに聞いている。
話すような情報も持ってないしね。

すごく孤独だ。




今日はバレンタイン。

イベントがあると去年のわたしを振り返ってしまいます。

去年のわたしは元気だった。
多分たくさん笑ってチョコをあげていた。

今年は薬を飲んで、頭痛に耐えて少し頑張って夕飯とケーキを作りました。
途中から首と肩が痛くて痛くて、やっぱり取り戻せない日常に気づく。

ケーキなんか作らなくてもいいけど、娘がパパにあげたい気持ちは叶えてあげたい。

旦那さんは娘がチョコを作れず落ち込んでないか心配して、ミスド買ってきてくれた。

逆チョコ🍫

だって。すごいねー。ありがと。


娘が小学生になるまでに目標にしていたことがありました。

産休から復職しようとした時、2度保育園に落ちました。
マンションを買うとき、待機児童数は調べていたけど、大型マンションが2つできることまでは調べていませんでした。内見してるから知らないんじゃないな…知ってたけど、そのマンションが保育園不足に直結するイメージができてなかった。

そのため、私は仕事をやめて就職活動しながら短期の派遣社員の事務をしていました。
娘が一年生になるまでに社員として働きたいと思っていました。それは娘が年長になる時に叶いました。
社員になり、落ち着けば2人目の妊娠も…と考えていました。

ですが、事故をきっかけに生理はとまりました。
年があけて久々に再開しましたが、今はリハビリに精一杯です。

もう無理かなぁ…。

私の気持ちにそっとさよならしました。

娘がいる。今のわたしには以前のようにがむしゃらに頑張る力がありません。

まずはネットで交通事故を多く扱う事務所へ電話、電話。

この人しかいない!と思って電話した先生は、一度ほかの弁護士が介入した案件は絶対に引き受けません。と言われてしまいました。

私はたくさんの慰謝料が欲しいとかではありません。正しい治療の継続と誠意ある対応を望んでいたので、いくら取れます!みたいな弁護士さんよりは、これだけ安心して治療に専念し回復しました!って弁護士さんへお願いしたかったのです。

この場合ご縁もあると思いましたし、私の心がストンと落ちる?落ち着ける方にお願いしたいなぁと他の先生にもあたりました。

その中で、個人で交通事故を中心に扱っている先生にご相談する機会をいただき、およそ2時間半、ボードにわかりやすく書いて説明してくださったり、悩ましい部分については私も考えてみますので、少しお時間をいただけますか?とか、すぐに結果を求めず慎重に冷静に判断してくださる先生にお願いしました。

正直、最初の先生とは全く違いました。
ただ前の先生にも感謝すべき点もありました。
本来返還義務のない着手金などを一部返還してくださり、次の先生へお支払いすることができました。

こうして出会った先生は、弁護士としては間違っているかもしれないけれど、こんなに苦しんでいる〇〇さんを働いて下さいとは言えません。無理をしないでください。辛かったら休むしかないですからね。と私の心に寄り添ってくださっています。
E損保のやりとりに疲れ果て、身も心も疲れ果て、治療に専念するために、私の自動車保険の弁護士特約を使いました。
また、自動車事故に詳しい弁護士さんも紹介してもらいました。

見た目は若く、ステキな弁護士さん。
あー、こんなにスペック高かったらどんないい思いをしてるんだろう…て思ったけど、相談中は違和感たっぷりでした。

質問すると、これはあなたに説明してもわからないことだからとか。

収入が断たれて不安というと、旦那さんに頼ればいいじゃない?あなた対して収入ないじゃない?

私の名前を終始あなたと呼ぶ若造にイライラしました。

彼も数年前に事故あったとか言ってたけど、うーん…

でも当時の私は紹介された弁護士を受け入れるしかないと思ってたんです。

委任してから一月、連絡なし。
相談したいことがあって電話したら、早口で自分で解決できるでしょー?あなただって頭いいんだから、知識も必要だよ?と


もうやだ

もうやだ

交通事故は失うばっかりだ!
傷つくことばっかりだ!

彼の名前を検索した。彼が所属している弁護士事務所のホームページにも名前がない。

もやもやして帰宅すると、新しく弁護士事務所に入りましたって挨拶状が届いてた。

そうか…


やっぱりこれじゃ戦えない。

保険会社へ電話して、弁護士を変えたいと言いました。T海上は解任の連絡をしてくれました。

これからどうしますか?

一度納得できるまで探してみてから相談しますと。
ここから、私の弁護士探しがはじまりました。