バンコク日本語補修サークルは、私の運営する個人のボランティア団体で、タイ日ハーフの子供たちに無料で日本語を教えていました。
設立は2015年3月です。活動期間は8年間
この度バンコク日本語補修サークルは閉鎖することにしました。
タイの現地校に通うタイ日ハーフの子供たちに日本語の勉強の機会を与え、日本文化を学ぶ、、、、私はボランティアを志した当初、崇高なボランティア精神を持っていました。
日本の歴史、偉人伝、古事記、礼儀作法のほかに、日本の伝統宗教観など日本の小学校では教えない伝統文化について教えていました。難しいテーマでも、子供が楽しく通えるようにジョークを交えながら楽しい授業に心がけ、日本の伝統的な遊びやトランプ、将棋、花札、福笑いや豆まきなど季節の遊びを取り入れて教えてきました。
幼児教育や日本語学習法、日本や海外の小学校教育、江戸時代の寺子屋教育、複式学級の理論など、素人ながらに子供の教育論を自力で勉強しました、
子供は放っておいたら完璧なバイリンガルになるわけではない。
中途半端な語学力でバイリンガルになるのは簡単ですが、ネイティブ並みの語学力をつけるには親が相当な努力を覚悟しなければならないのです。
私はバイリンガル研究の大学の先生を招聘して、ブリーフィングを開いたり、子供をバイリンガルにするために必要な知識を独自で研究しました。
崇高なボランティア精神が崩壊したのは、設立一年目にも満たない時期でした。
このボランティア活動を一年間やってみて率直に思ったことは、「苦しかった、、」が私の素直な感想です。
マザーテレサの有名な名言で、ボランティア精神について語った話があります。
人は不合理で、非論理的で、自己中心的です。
それでも許しなさい。
人にやさしくすると、人はあなたに何か隠された動機があるはずだ、と非難するかもしれません。
それでも人にやさしくしなさい。
今日善い行いをしても、次の日には忘れられるでしょう。
それでも善を行いを続けなさい。
私自身が無償の人助けをしているつもりでも、モンスターペアレンツは現れますし、教育方針を非難する方もいます。長年お世話してきて、やめると言う挨拶なしにフェードアウトする方はとても多く、中には携帯を着信拒否していた方もいます。
ボランティアを継続してきた人たちの話を聞くと、ボランティアは人助けの為にするものではない!と言います。
ボランティアは自分自身の為にするものであって、人生の修行であるといいます。
ボランティアは続けることが大事であって、人助けのつもりでやっていたら、様々な理不尽と戦うこととなり、いつか自分自身が壊れるとも言います。
それ以降、私のボランティアを続ける意味は、娘の友達を作ること、私自身が授業を楽しむことになりました。
私が子供たちに授業を教えるんだ!と言う上から目線な態度をやめて、私の教える技術と子供たちとの戦いの場にすることにしました。
私が母校の中沢高等学校に教育実習に言ったときに担当してくれた先生に言われたことですが、、、
「先生とは舞台俳優みたいなものだ、自分の技術が高ければ、手のひらを転がすように授業が出来る。もし、授業が荒れてしまったら、心の中で生徒にゴメンと言って、自身の技術のなさを恥じなさい!」
私の授業が退屈であれば、授業はあっという間に壊れてしまいます。
綿密に授業プランを作り、生徒が笑いながら、また来たいと思うような授業を心がけました。
私の授業はそんな生徒たちとの戦いの場であり、それを毎回楽しみにするようになりました。
私の生徒は6歳~15歳、日本語能力もバラバラです。
この様な年齢差、レベル差がある中で授業をするのは、教育界では大変異例なことの様です。
元小学校教育の先生や日本語教師の先生、バイリンガルを専門にする大学教授などが見学に来てくれました。
ある大学の先生は私の物語を漫画風にして、論文として発表してくれる方もいました。
子供に授業を教えていると、逆に教えられる事の方が多くなります。
私は子供たちに「縁の下の力持ちになれ、困っている人がいたら助けなさい」と教えていましたが、、、
普段の私はビジネスの世界で間逆のことをしてきました。
本来、大人の世界では、出世するには人よりもアグレッシブで、人を騙すような狡さも必要です。
縁の下の力持ちなんてビジネスの世界では窓際族の負け組みです。
困っている人(お金に困っている人)を見かけたら、売り掛けを回収してとどめさしたり、現金をちらつかせて商品を買い叩くなど日常茶飯事です。
大人にとって世間の厳しさとは勝ち抜く厳しさですが、勝ち抜くことに拘りすぎると人の信用を失います。
子供のうちに教えられる「縁の下の力持ちになれ、困っている人がいたら助けなさい」は大人になって実践するのはとても難しく、大切な事であると、子供を通して改めて自分の身の振り方を戒めることになりました。
そんな子供たちも思春期に入り、受験や進学で私の教室に通わなくなってきました。
コロナで多くの生徒が本気国になり、オンライン授業が推奨されて、対面授業の必要とされない時代になったのも大きな理由です。
小学校一年生だった私の娘も中学校3年生になり、バンコク日本語補修サークルの役目も終わりを迎えました。
元気いっぱいに通っている子供たちを見ているだけで、心が洗われる様な気持ちになり、苦しい事も全て忘れてしまいます。
娘のお友達も今では幼馴染になり、長い年月を経て、生涯を通しての友人同士になれば、それだけでバンコク日本語補習サークルは大変意義のある活動になると思います。
最終日は5月27日のお別れ会です。
マザーテレサは歳月を費やして作り上げたものが、一晩で壊されてしまうことになるかもしれません。
それでも作り続けなさい。と言ったそうです。
バンコク日本語補修サークルの活動はこれで一旦閉鎖になりますが、私自身は週一回、二時間だけのボランティアを別な形で続けようと思っています。