言葉とは人に伝えることを主軸にする
ということは伝わらないと意味がないのだ。
ところがバカは人に伝えることでなく
自分で納得するために言葉を使うケースがあるので注意が必要だ。
こんな事例がある
実家に帰った際 母親の言葉だ。
母:「息子よ 何時に出かける? 私〇〇さんちに行く予定なんだけど...」
自分:「はぁ?別に僕が何時に出かけようが あなたが〇〇さんちに行こうが関係なくない?」
どうもこの会話の裏に母親は昼食をどうするか?という意味合いを含ませていたようだ。
要は昼食自分で摂ってくれる?と伝えればいいだけなのにその核心を飛ばして
状況を見て判断してほしいという意図が見え隠れする。
観の保身を前提とした言葉の投げかけだ。
これがバカというものなのだ。
本来なら「私は出かけるので昼食は自分でとってね」といえばいいだけなのにそれは伏せて
状況だけを伝えにきて察しろというわけだw
たとえ帰宅時間がわからないとしても可能性があるならその場で判断し的確な答す、または何時に帰宅するかわからない旨を伝えればこちらはそれに合わせて対応するのにそれを考えない。
嫌われることを極端に恐れているのかそれとも無能すぎて話ができないのかとにかくと人はこのようにバカになるという事例である。
もう一つの事例は決断をせずに時間経過を語るパターンだ。
自分「今手が空いたので何かすることがありますか?」
上司「今は〇〇が時間がかかっているようで進捗が遅いから」
自分「はぁ?いやいや今何か手伝うことがあるかと尋ねたんですが
了解です。なさそうなので▽△やっています。」
多分この上司は自分が手ぶらな状態はまずいと感じていたが状況が動いていない中で手伝ってもらいたいことは今はすすめられない状況だと伝えたかったのだろう...
自分が何らかの決断をしてしまうと責任を問われてしまう。でも手ぶらにはできないどうしようという状況だ。
自分が現場を取り仕切っているときは「わかった手が空いているなら〇〇やってて」とか「今急いでやることはないが現場から離れれられては困るから少し休みつつ掃除でもしててくれ」と伝える。それで責任は自分が取るというスタンスを貫くのだ。
これらの原因は怒られたくない責任を取りたくないという観点からくる。
要は何をしていたら自分が満足なのか伝えられないのだ。
両方ともバカとしか言えない事例である。
しかもバカとはそんな状況にもかかわらず伝えたと本人は思い込んでいるから厄介なのだ。
世の中は決断である。
決断にはリスクが伴う。
リスクを避けたいなら決断する立場には立つべきではない。