Mr.BKのブログ -49ページ目

Mr.BKのブログ

みなさん とか 書いてますが ほぼ 自分に向けたメッセージ集です。
多分 5年後とか 読み返して 思わず 笑うんだと思います。

いじめをノックアウト「“正義の注意”がいじめにつながる!?」を見ました。

https://plus.nhk.jp/watch/st/e1_2021121820045?t=527&playlist_id=0d655b99-cc85-4201-a1d0-b0a9253e5ff6

 

正直言います。

ダメダメです。

本当コミュニケーションを全くわかっていない。

 

内容はこうです。

 

ダンスの練習をしていた小学校のクラス。

その中の一人、Aさん本人は真剣に取り組んでいるつもりだが

他者Bさんから見たら一生懸命取り組んでいるように見えなかった。

 

そこでBさんが「もう少し真剣にやった方が良い」とAさんに意見を言うという流れ。

 

正義の注意をいじめ化させないようにするにはどう相手に伝えるべきか

その内容を小学生が意見し合うという図式で流れが進んでいきます。

 

そのやり取り内で出てきた答えが

 

①まず相手の状況を聴いてみる。

②今度は自分が集中できないからAさんを見習うという言葉をかけてAさんに同調を促す。

③相手の気持ちを受け止める → そこから一緒に頑張ろうと導く

④相手を肯定する

 

当然これは小学生の話し合い。

なのでこの程度でいいですが

この後に私はもっと別次元の話を期待していました。

要はコミュニケーションとは何ぞやをここで教えてくれると思ったのですが...

 

全くなく ダメだこりゃ むしろこれで終了するならいじめなんて無くなるわけないし

むしろ不愉快の応酬が起きてしまいいじめが過激化する可能性が出てきてしまう。

 

え? とてもいいこと言っているように感じるけど....

 

なんて思う人も居るでしょう。

 

そう 同調したり肯定したりの意見を見ると一見素晴らしい導き方のように感じはします。

 

しかし職場で千人を超える新人たちを導いてきた自分からするとこれでは逆に誤解が誤解を読んでしまう可能性が高くなり

むしろ周囲全員を信じられなくなるだけでなく陰口の応酬が起きてしまう可能性があります。

 

何が問題なのか...

 

上記記載の①~④すべてですが大前提がそのAさんは真剣でないというレッテルを貼ったままであり

Bの立場があくまでも正義でありAを正義であるB側寄りの態度に変えるよう操作するという形式を抜けていない

状態だからです。

 

要はあくまでも悪はAでありBは正しいという立ち位置を変えていないということになるんです。実際に正しいかどうかなんてわからないのにです。

 

此れではAにとって不満でしかありません。なぜ指導者の立場でもないBに指摘されなければならないのか?Aからすればあたかも指導者のごとく振る舞うBこそが態度を変えるべきであると感じてしまいます。

そしてAからすると正義はこちらにあると感じBと対立する図式が出来上がってしまいます。

 

では千人を超える新人を指導した私はどう考えるかというと...

 

「A君、私から見てA君は踊りに身が入っていないように見えるんだ。なぜなら私が真剣に練習するとするならこことココは振りを三回は

繰り返すから...A君はそこを繰り返さないのはなにか理由あるの?」

 

とこのような感じで話します。要は自分の立場を隠すのではなく確りと相手にそのことを伝え、具体的に何がそう(身が入っていないように)感じたかを伝えることです。そして同時にそう(身が入っていないように)感じた箇所を行わない彼の行動についての理由を共有する。これが1000人を超える指導をした私が考えるコミュニケーションです。

 

もしかしたら相手から「え?そこを三回繰り返すことに意味があるの?ダンスは総合芸術で最後までの流れがまずシッカリできていなければ結果見栄えが悪くなっちゃうじゃん」という答えが出てくる可能性もあるんです。

そう コミュニケーションとはこういうことを指します。自分の立ち位置をごまかすと逆に不信感が芽生えて最終的にいじめは激化してしまうのです。だからこそ立ち位置は変えないというのがスタンスです。

 

私が人とコミュニケーションを取るとき 一番大事にしているのは 自分自身の感覚と感情。

日本人は良く相手の事を考えてという人が多いが私のように多くの人とコミュニケーションをとった人間に言わせるとそれはむしろ逆に危険をはらんでいると言わざるを得ない。

人とのコミュニケーションは実は他人の事を考えるべきではなく自分自身の考えとの向き合いにあるというべきなのです。 

相手の反応に対して自分はどう感じたのか?正解を求めるのではなく間違っていたとしてもまず率直に自分がどう考えたのかどう感じたのかを相手と共有する。そしてその時の反論があった場合その反論に同調したら自分の考えを改め同調できないのならできない旨を相手に伝える。要はちゃんとリスクを取るということなのです。

 

此れこそがコミュニケーションというものです。

コミュニケーションとはあくまでも対等であることが重要なのです。

 

シッカリとしたコミュニケーションをEテレが教えていないのはどういうことか...

これじゃぁいじめを逆に激化させてしまう。

この番組は悪い番組です。