日本の司法制度は人質司法というよりも実刑の前借司法というべきじゃないか?と感じました。
ゴーン氏が正しいか否かはわかりません。
しかしゴーン氏が逃げた理由の根本に日本の司法制度が絡んでいるというのは生々しくわかりました。
一年を超える拘留期間、家族との面会もできず、しかも裁判が終わるのは何年も先。
そりゃとても苦しい時間ということになりますよね。
しかもまだ実刑に至っていないにもかかわらず独房に入れられるわけですよね。
さらに妻にまで及ぶ司法の手...逃げられるならそりゃ逃げたくなる...
人呼んで人質司法なんていいますがこれは実刑前借司法というべきだと思います。
自分が正しいなら正々堂々裁判を受けたらいいじゃないか?
という主張もあるでしょう。
しかし裁判になったとしても押収された資料は破棄されたり黒塗りになったり、何らかの理由をつけられて開示を断られたりするわけです。日本の国会に出された某省庁の資料が提出されなかったり破棄されたとか言われるのを見ると本当に日本の裁判で公正な裁判を受けられるのか疑問に感じます。
裁判自体は公正でしょう。判事はできるだけ公正に裁判をしようと心がけるはずです。しかし資料がなければ当然客観的判断としては資料が多いほうに武を持たせるのは当たり前です。
何年もかけて結果実刑判決が出てさらに何年の服役しなければならない。
さらに資料がほとんどない自分が圧倒的に不利な裁判。
これなら取り調べの時期を少しでも減らしたいと感じるのは人情。
やっていないこと身に覚えがないことでもやったといわざるを得ない可能性だってあります。
ゴーン氏が語った99%実刑になる国日本
なんだかとても恐ろしい国にいるように感じました。
99%間違わない人なんているんでしょうか?
そう考えると立件した人を99%犯罪者として服役させられる検察に恐怖を感じます。
もしかして戦前の憲兵がいた時代と何ら変わらない国に僕らは住んでいるんじゃないか?とすら感じるわけです。
逆に言えば検察の人も大変だと感じます。
なにせ99%間違えてはいけないのですからね。
映画「それでもぼくはやっていない」を思い出しました。
それに検察庁からの文章内容をアベマtv内で読まれた時の僕の絶望感は計り知れません。
まぁ検察としては自分らが間違ってはいけないというのが至上命題となり
それが彼らの立場なのでしょうからその声明文はわからなくはありません。
本来司法というのはお互い自分が正しいと主張しあうものでもあるからです。
ところが日本は実刑になると実は意外と楽。
皆さんもテレビで放映される殺人犯などの実刑後の刑期の少なさに驚いたことありませんか?
そう 日本は「まいった!」とさえ言ってしまえばやたら寛大な刑罰で済ますという傾向が強いのです。
新幹線での殺傷事件。あの犯人が死刑にならなかったのはまさに取り調べに対して実刑がやたら軽いという
一つの証明にもなりますよね。
外国人などが日本で犯罪を犯す理由が実刑の軽さにあるとはよく聞く話です。
僕はアベマtvでこの懇談会を見ていたのですが
解説のヤメ検弁護士がやたら検察側に寄り添う発言をしていました。
これは当然だと思います。アベマとしてはゴーン氏から特別待遇を受けてほぼ独占配信していたわけです。
ゴーン氏側の主張に寄り添いすぎると検察ににらまれる可能性があるわけです。
IT業界でコケたホリエモンを良く知っている同じIT企業アベマtvです。
このアベマ製作サイドの人選も正しいと言えます。
さて
ではゴーン氏は白か?
それについてはこの懇談会では僕も確かにそのアベマtv解説のヤメ検弁護士と同意見で情報は薄すぎたと感じました。
なので彼が無罪か?という意味で言えばちょっとそこまでは判断しかねるというのが本心です。
しかし本来裁判だって結構な時間と労力をかけるわけですからこの短い懇談会で判断つくわけありません。
ただし彼は逃亡をしているという点では真っ黒となります。
悪法も法なり
日本の実刑前借司法は僕はやはり問題だと感じます。
勾留手続きの方法など
少しずつ変えていかなければならない
悪法ではないかと感じます。
本来なら
①取り調べのフルタイム録画と裁判資料としての提出
②捜査資料の全面開示
③弁護士の立ち合い
④拘留期間の短縮
⑤裁判の短縮
という司法改革が必要だと思いますが
せめてまずは
弁護士立ち合いと裁判の短縮くらいは何とか進めたいものです。