滑舌悪い芸人とか最近やってて
滑舌悪いのってある意味いいかもって思いましたよ(^O^)

今日電話で『確認のため』て言おうとしたのにお客様に
『確認のたま』て噛んでしまった!
でも何事もないように貫くそれが僕です笑

ほかに噛んだのは


『大丈夫です』→『大丈夫でしゅ』
赤ちゃんかパー

『失礼致します』→『失礼いたたします』
失礼してもうてるやんパー
違うので言えば
今日サラダ作ろうとして、めっちゃ叫んでしまった。
『めっちゃかたいやん!このレタス!腐ってます!』

見てもらったら
『キャベツ』でした。

新しいお家があって僕自身その名称が『シルク・ドゥ・ソレイユ』と思ってましたが、『メゾン・ドゥ・ソレイユ』でした。
サーカスとは違いますよとささやかれた。

携帯ない!携帯ない!鳴らしてください!
…………
手の中で光る(^-^;


馬鹿なんですよ~

寝ます馬鹿がなおりますようにキラキラ
今日は少しどんよりとした雰囲気がしてました(>_<)

その雰囲気は何かが起きる前ぶれのように感じました。


起こったのは自分に関することではなく、自分の大切な女性でした。
自分にとって大切な人、にとって大切な人が天国への階段を上っているようです。
間接的ですが自分も悲しい気持ちや感謝の気持ちが出てくるのです。
孫の晴れ姿も見たかったでしょう、成長する姿を側で見たかったでしょう、考えられるものはたくさん出てきます。
でも自分の彼女のなかに遺伝子も入っていることはあなたの人生も彼女に入っているんだと。
本当に本当に感謝をすることしかできません。
人は必ず生死を経験します。
生まれた時に『ありがとう』
亡くなる時に『ありがとう』
誕生に対して感謝をし、
その人が生きた人生に感謝をする。
人の生死は周りの人にとっても素晴らしいプレゼントを残すと思います。


自分自身、祖父が亡くなって3年がたちます。
とても大好きでしたし、今でも尊敬してます。
人として大事なことを教えてくれ、見守ってくれている。
今でさえ正直祖父の死を受け入れていない自分がいます。
自分は子供が生まれたら抱いて欲しかったし、自分の子供にも祖父の大きな背中を感じて欲しかったです。
でも祖父の死と同時に兄弟の子供が息吹き、誕生し彼も3歳になりました。
この出来事に神秘を感じ、また祖父の面影が見えるのは気のせいでしょうか。



ありがとうは何回いっても
飽きない言葉ですね


自分に関わる人、またすべての人に

『ありがとう』
読んでくれている方、本当にありがとうございます(^0^)/

今考えていることは、自分の店の売上を上げることです。
社員がいなくなるので自分たちの責任で一つの店を経営する形になったんです。
もともと今月いっぱいで店舗を閉める予定だったんですが、売上も伸びなんとか継続という形になりました。

1番懸念しているのは職務怠慢です。みんなバイトという契約をとっている以上、責任感は曖昧で終わってしまいがちであると思います。
そこさえきちんとすれば予想以上のダウンもないでしょうし。

あと自分もプライベートが忙しくなるのでそこまで見てあげれるのかな。


戦略的にはどこもやってないことをしようということで(競合では)主要駅でのチラシ配りではなく、あくまで清掃、ボランティア活動に従事してみるのは街にとってもプラスだし、店のイメージもアップするし、このような宣伝がどういう影響をもたらすのかという期待がありました。
それを本社の方に提案したら、社会活動はしてます。内容は子供110番の店でした。笑ってしまいました。それは活動というより、表にそのような掲示をしているだけではないですか。
本社の対応自体はきちんとしていたのですが、正直中身がなかったのです。
なぜリスクより期待値が大きいのに行動をしないのか。
まず経済的リスク自体もほとんどないのに。
新しいことに挑戦することが嫌いみたいです。
真似はよくするのですが。