発達障害のトオル(5歳)を見守りたい

発達障害のトオル(5歳)を見守りたい

はじめまして。お読みいただきありがとうございます。
私には、発達障害の息子・トオルがいます。
2021年・発達障害(自閉症スペクトラム・注意欠陥多動)の診断
2022年・年少さんのとき、幼稚園ではなく療育施設へ
2023年・年中さんからなんとかこども園へ。

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下の動画の18秒から見て下さい。

 

白い帽子のおっちゃんが普通に佳子さまとぶつかりかけてます。

 

 

 

警備がザルすぎる。

 

 

 

皇宮警察は、安倍元総理の銃撃事件を知らないのでしょうか。

 

 

 

皇宮警察は、佳子さまを襲撃しようと思えばいつでもできるという事実を全世界に向けて発信したに等しい。

 

 

こんばんは、テツです。

 

今日もお読みいただきありがとうございます。

 

今日も発達障害の息子トオルの話をさせて下さい。

 

トオルの発達障害は、ADHD(注意欠陥多動)と自閉症スペクトラムです。

 

 

 

UQモバイル

 

 

 

トオルはハイチュウが大好きです。

 

 

私が半ばお酒に依存しているように(自覚しているだけマシと思うことにしますw)

 

 

トオルはハイチュウに依存しているように見えます。

 

 

例えば、

 

 

ハイチュウが無いと喚き散らす。

 

 

ハイチュウが無いと「コンビニに買いに行こう!」とベソをかく。

 

 

といった具合です。

 

 

そして今日、家にあったハイチュウを晩御飯前にどうしても食べたかったトオル。

 

 

1階にあったハイチュウを2階の奥の寝室に持ち出すことに成功しました。

 

 

で、ここぞとばかりにハイチュウを食べていると、

 

 

何もかもお見通しの私が2階の寝室にやってきました。

 

 

UQモバイル

 

 

ハイチュウを食べているところを私に見られたトオル。

 

 

明らかに

「これヤバイやつ!( ゚Д゚)」

みたいな顔をします。

 

 

で、隠れようとし、(もう既に私に現認されているのですが)

 

 

寝室のドアを閉めようとします。

 

 

でも、お気に入りのネコのぬいぐみが引っかかって、

 

 

うまくドアが閉まりません。

 

 

 

たったこれだけのことなのですが、トオルはもうこの世から逃げ出したくなっています。

 

 

で、挙句の果てに顔を床にうずめ、ひれ伏し、

 

 

目の前に起こっている

 

 

「パパに怒られる」

 

 

という現実から逃避するのです。

 

 

この

 

 

親にとっては取りとめもない、他愛もないことなのに、

極めて深刻に受け止めている我が子の内心が透けて見えたときの可愛さ


って

 

 

きっと親でないと分かりませんよね。

 

 

特にお母さんが息子に感じることなのではないでしょうか。

 

 

別に発達障害があったって、トオルがありのままの姿を毎日見せてくれるだけで、

 

これ以上ないほどに愛おしい。

 

 

そんなことを思った日でした。

こんばんは、テツです。

 

今日もお読みいただきありがとうございます。

 

今日も発達障害の息子トオルの話をさせて下さい。

 

トオルの発達障害は、ADHD(注意欠陥多動)と自閉症スペクトラムです。

 

今日、トオルは幼稚園の後、児童発達支援施設に通う日でした。

 

帰ってきたトオルを出迎えると、先生に

 

「トオル君、帰りの車の中でお漏らししました」

 

と言われました。

 

ちなみにトオルは、その施設ではおしっこもウンコもしません。

 

かなりの拘りがあるようで、なにがなんでも我慢します。

 

トイレが怖いのかなあ。。。

 

で、私が先生の車を見送った後、家の中に入ると、

 

トオルはズボンもパンツも脱いでフルチンになっていました。

 

気持ち悪かったんだね。

 

で、そのままお風呂に連行。

 

おしっこで濡れたパンツとズボンをバケツに入れ、お風呂の中で洗います。

 

すると、ズボンから綺麗に折りたたまれたままのハンカチがでてきました。

 

それを見た私は、妻の日常を想像せずにはいられませんでした。

 

おそらく妻は、毎朝綺麗に畳んだハンカチをトオルのズボンに入れ、

 

お昼にそのままの状態で帰ってくるトオルのズボンからそれを出し、洗濯しています。

 

確かにちょっと他の子より知的な発達が遅れているけど、いつかはうちのトオルもハンカチで手を拭くようになるかもしれない。

 

みんなと同じようなふるまいはできないけど、せめて持ち物だけでも同じようにしてあげたい。

 

でもその願いは叶わず、朝入れたままの状態で入っているハンカチをズボンから出し、洗濯する毎日を繰り返す。

 

 

 

 

ハンカチを使うに至らないトオルの発達レベルにも、

 

トオルがハンカチを使う日がくることへの微笑みたくなるような想像と期待にも、

 

それらが無残に裏切られる帰宅後のズボンのポケットにも、

 

どれにも罪はない。

 

誰が悪いわけでもないのに、妻は毎日、淡い期待と僅かな落胆を同時に抱き、無自覚に少しずつ傷ついているのではないか。

 

そんなことに思いを馳せる日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは、テツです。

 

今日もお読みいただきありがとうございます。

 

今日も発達障害の息子トオルの話をさせてください。

 

息子の発達障害はADHD(注意欠陥・多動)と自閉症スペクトラムです。

 

今日は家族で栗拾いに山にお出かけしました。

 

 

ちょっと寒かったですが、親子でワーワー言いながら楽しい栗拾いでした。

 

が、最初トオルが、

 

「コンビニ行こう!帰ろう!帰ろう!」

 

と連呼します。

 

そのきっかけは、忘れ物を取りに車に戻ったことでした。

 

「え?それだけで?」

 

って思いますよね。

 

着いたばっかり、さあ今から栗拾いするぞ!というタイミングでそれはキツイ。。。

 

べそをかきながら

 

「コンビニ行こう!帰ろう!帰ろう!」

 

「コンビニ行こう!帰ろう!帰ろう!」

 

「コンビニ行こう!帰ろう!帰ろう!」

 

と言うトオル。

 

なんとかなだめて、なだめて、山道を登っていきます。

 

で、実際に栗を拾い始めると、どんどん拾い集めます。

 

 

どんどん山道を登っていきます。

 

すぐにカゴがいっぱいになりました。

 

挙句の果てに私に

 

「ほら!見て!栗がいっぱあい!」

 

と自慢する始末。

 

 

結局楽しむんかい!!

 

ま、それでいいんですけどね。

 

タイトル通り、頑なに言うことを聞かなかったのに、急に言うことを聞く。

 

振り回されつつも、家族と秋の訪れを感じられた休日でした。

 

 

こんばんは、テツです。

 

今日もお越しいただきありがとうございます。

 

今日も、発達障害の息子トオルのハナシです。

 

妻が料理をしているときに、鍋に火をかけたままたった5秒、その場を離れるとします。

 

それぐらいありますよね。スマホを取りに行く、とか。

 

それを見たトオルはギャーギャー言います。

 

「ママ!ママ!火!!」

 

ちょっと過敏ですよね。

 

電車がホームに入構するときもそうです。

 

お姉ちゃんのアカネが、繋いでいたトオルの手を離しただけで、

 

「アカネちゃん!危ない!」

 

と大声でわめきます。

 

そのくせ、電車が発車するときは、駅のホームで電車の先頭まで突っ走るのです。

 

電車の先頭車両の顔が見たい!というだけの理由で。

 

これ、だからナニ?って思われるかもしれませんが、実はすごく危ないです。

 

転倒して出発した電車と接触するかもしれませんので。

 

それを見た私や妻は血相を変え、全力で追いかけます。

 

私や妻がトオルから目を離し、トオルが走り出すまでたった3秒ですよ!3秒!

 

それぐらい目を離しますよ、誰でも。この恐怖心と緊張感、分かってもらえるかなあ。

 

この両極端が、発達障害のあるトオルの特徴です。

 

要は、こだわりが強すぎる。

 

その強さに正比例し、私と妻の疲労も強まっていく。

 

そういうお話でした。

 

 

こんばんは、テツです。

 

今日もお読みいただきありがとうございます。

 

さて、突然ですが、我が子の障害を「受け入れる」とは、どういうことでしょうか。「受け入れる」といっても色々意味がありますが、これは「受け入れない」を観念すると分かりやすくなります。

 

明らかに言動に障害があるのに、障害なんて無いと言い張る。

 

うちの子を障害児呼ばわりするなんて侮辱極まりない、という態度。

 

他の子より少し発達が遅れているだけ、小学校に入るまでには必ず追いつくと言い張る。

 

これらが「障害を受け入れない」態度ですよね。

 

これらに共通することは、

 

我が子に障害があるという客観的事実を、ありのまま障害だと主観的に評価しない、評価できない

 

ということです。

 

これは子供への過度な期待が原因です。

 

良い大学に入ってもらいたい。

 

誰もが知る大企業に就職して欲しい。

 

医者になってもらいたい。

 

野球選手になって欲しい。

 

これら過度な期待は、おそらく障害があると叶いません。

 

これらはまだ分かりやすい「過度な期待」ですが、

 

普通に就職して、普通に結婚し、普通に子供を産んでほしい

 

といった「普通」でさえ障害があれば「過度な期待」になります。

 

別にいいじゃないですか、障害があったって。

 

別にいいじゃないですか、普通じゃなくたって。

 

私は思うのです。

 

障害を「受け入れない」なんてこと、ないでしょう。別に障害があったっていいんだから。

 

逆に、わざわざ障害を「受け入れる」こともないでしょう。だって「受け入れない」ことがないんだから。

 

要はね、みんなありのままでいいのですよ。

 

過度な期待を抱き、何かに成り替わろうとしなくていい。

 

あえて「障害があってもなくても」とは言いません。

 

あなたはあなたのままでいい。

 

 

 

 

 

こんばんは、テツです。

 

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

 

私の息子トオルには発達障害がありますが、そのトオルが今日は遠足でした。

 

いつもと違うママの行動に、すごく敏感で、不安そうだったみたいです。

 

例えば、

 

いつもママはお弁当なんて作らないのに、今日はママがお弁当を作っている。

 

お弁当を作る=幼稚園ではなく(給食のない)発達支援施設に行く

 

ということなので、トオルは

 

「今日どこいく??」

 

と聞いてきます。

 

妻が

 

「遠足よ」

 

と答えても、エンソクを理解できないので、トオルには予期不安が積もります。

 

そして、いざ遠足のため、集合場所である私鉄の駅に向かっていると、毎朝通う幼稚園のルートとは違うので、そこでも

 

「今日どこいく??」

 

と聞いてきます。

 

で、大好きなはずの電車に乗れるのに、駅に着いて幼稚園の先生に合うと不安がMAXになり、ギャーギャー泣きわめいたそうです。

 

この話を妻から聞いたとき、家族でディズニーランドに行ったときのことを思い出しました。

 

外から全体像の見えるメリーゴーランドやコーヒーカップには進んで、楽しそうに乗るのですが、

 

 

 

 

全体像の見えない、行く先がどうなっているのか分からないピノキオやピーターパンのアトラクションに乗ろうとすると、想像を絶するぐらい泣きわめいたのです。

 

 

ここにも、やはり発達障害の一端が垣間見えます。

 

予定通りでないと、気が済まない。

 

予定とはある程度先が見通せるということですので、先が見通せないピノキオの乗り物や、いつもと違う遠足は避けたくて仕方がない。

 

自分のルーティーン通りでないと、気が済まない。

 

ま、それでも遠足には行って、無事帰ってきたそうです。

 

本当に幼稚園の先生には感謝しかありません。

 

こんばんは、テツです。

 

今日もお読みいただきありがとうございます。

 

今日は私の愛する妻が、児童発達支援施設アルファの見学に行ってきたそうです。

 

5歳で年中さんのトオルは今でも、半ば託児所替わりに児童発達支援施設ベータに通っています。

 

ただそこはメインで預かる子が小学生で、トオルが一番年下のようです。

 

一応楽しそうには通っているのですが、トオルの発達にどれだけ貢献してくれているのかは、神のみぞ知る状態です。

 

やたら塗り絵を持って帰ってくることだけは確かです(?)

 

で、今日妻が見学に行ったアルファは、マンツーマンで発達障害のある子の支援にあたってくれるそうです。

 

しかも、子を見てくれている間、親にもマンツーマンで先生がつくそうです。

 

週1回通う予定。

 

これはかなり手厚いですよね。

 

で、施設の方に妻は聞かれたそうです。

 

 

  お母さんは、トオル君にどんな子になってほしいですか?

 

 

妻は行く施設行く施設同じ質問

「お母さんは、トオル君にどんな子になってほしいですか?」

を浴びせかけられていることになぜか怒っていました。

 

 質問が抽象的すぎる

 

 そんなもん普通の知能・言動をする子になって欲しい以外に  ないでしょ

 

と。

 

妻は分かっていないようですが、

 

この質問はコーチングの”いろはのい”です。

 

マニュアルや教科書を一方的に教えることをティーチング(teaching)といいますが、

 

そうではなく、

 

自分に足りない部分を自省させ、言語化させ、到達目標と現状との乖離を自覚させながら行う指導をコーチング(coaching)といいます。

 

私も何度かトオルの療育施設に通う中で、先生に同じ質問をされたので覚えています。

 

これは、療育施設や発達支援施設の先生が、そこに通う子の親をも指導・助言の対象にしていることを表しています。

 

まあ、親御さんはそんなこと微塵も感じていませんし、それを感じさせないからこそコーチングの効果があるのですが。

 

で、

 

「お母(父)さんは、トオル君にどんな子になってほしいですか?」

という問いに対する、父親である私の答えは、たったひとつです。

 

普通の小学校に入って欲しい、ではありません

 

普通の中学校に入って欲しい、ではありません

 

普通の高校に入って欲しい、ではありません

 

良い大学に入って欲しい、でもありません

 

どうかお願いだから、30歳までに経済的に自立してほしい

 

です。

 

その手段は、合法的なものならなんでもいい。

 

そこに至るプロセス(どの学校に通うか等)もどうでもいい。

 

だからね、私は思うのです。

 

別にどの小学校でもいいし、支援学校に通うならそれで全然構わない。

 

ただただ、30歳までに経済的に自立してほしい。

 

そして、私の死後、なんとか自分でお金を稼ぎ、自分だけで生きていってほしい。

 

申し訳ないですが、この願いを叶えられるのは発達支援施設の先生方ではなく、法と行政だと。

 

実際に救済してくれるはずの法や行政は、遥か彼方遠くにあるように感じられます。

今日のうちの息子、トオル。

 

外出先でトイレに連れて行きました。

 

 

今でも、こっちから働きかけてトイレを促さないとなかなか行きません。

 

で、いつも通り、立っておしっこするのを嫌がります。

 

かといって、汚れた洋式便所でするのも嫌がるのですが。

 

で、結局比較的キレイな洋式便所でおしっこ。

 

私「おしっこした??」

 

トオル「おしっこした。」

 

私「いいか??」

 

トオル「いいか」

 

ちゃうねん、俺が聞いてるねんww

 

発達障害の子の特徴、オウム返し発動。

UQモバイル

 

やっぱり言葉を理解できているようで、理解できていません。

 

ま、そんな状況でもケラケラ笑えてる妻と私でした。

 

 

 

  たまたま居合わせた障害のある男の子

 

こんばんは、テツです。

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

 

今日、ある舞台を見に行ってきました。

 

みんなで楽しく踊る舞台なのですが、パッと見、小学校高学年ぐらいに見える男の子がいました。

 

で、思ったんです。

 

 

 

 

にしては、幼稚園児が持つようなカバンを肩から提げているな。

 

にしては、お父さんがピタッと横について手を繋いでいるな。

 

で、やっぱり発達障害の息子を持つ私。

 

なんかピンときます。

 

 

UQモバイル

 

 

 

うちのトオルもこんな感じ・・・。

 

で、やっぱりその子は、舞台が始まっているのに黙っていられませんでした。

 

が、ちゃんと座ってはいました。

 

親御さんの言っていることは何となく理解できているようですが、発語はできないようでした。

 

やっぱり、私は想像してしまいます。

 

うちのトオルの5~7年後の姿を。

 

この男の子のように、ちゃんと座っていられるだろうか。

 

この男の子のように、小さい声を出す程度で済むだろうか。

 

っていうか小学校高学年ともなると、妻(身長149cm)の身長を抜いているかもしれないけど、それでも妻はトオルの手を繋いでいるのだろうか。

 

体力的に衰える一方の私と、どんどん たくましくなっていくトオル。

 

 

 

今はトオルを抱っこできるぐらい私の方が大きく強いけど、10年後、それは多分無理。

 

そのときトオルに突発的な多動があったら、私はトオルの行動を抑えきれないだろう。

 

そうしたら、例えば目の前で交通事故に遭ったりしないだろうか。

 

息子の将来に期待する一方、障害児を見かけるたびに、不安を抱かずにはいられない。

 

UQモバイル

 

振れ幅の大きい精神状態を、夜な夜な酒でごまかす毎日です。