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私達はいずれかの組織に常に属している。学校、会社、病院、公的機関、家族などである。人が生きる上で、笑って幸せだと感じて暮らせること、そんなことが戦略的CSRには込められている。人間が本当に求めているものは、精神的欲求であり、物質的欲求ではない。幸福(精神)を求めるがために人は貨幣(物質)を求め自己欲求を満たそうとするのである。しかし、貨幣論である信用創造機能とか、代用貨幣の問題は割合しよう。
この論述の最もなキーワードは市場と組織(情報処理システム)にある。人は組織に所属する限りこの3側面に依存している。まず情報処理システムをわかりやすくいえば、芸能界(組織)とワイドショー(情報処理)そしてお茶の間(市場)の関係を考えればよい。まずはそのことを説明するためにいったん違う角度から見てみよう。
文学の話になってしまうが、文学上最も二つに分けると「理想(ロマン)主義」か「現実(自然)主義」かということになる私の中で理想主義的文学はノーベル文学受賞者川端康成やゴーティエ、一方自然主義の側は黒澤明監督やエミールゾラ(自然主義提唱者)、バルザック、などである。
日本では実験小説とか現実反映主義としてフランスより伝わり、永井荷風等が有名である。
さて、なぜここで文学と経営組織論とがむずびつくのだろうか?それは経営の現場において理想を求めるか、現実を求めるかの違いで共通である。
これまでの時代現場では現実を求めたのかもしれない。ノルマ主義、能力主義と言っただろうか。
しかしそれまで理想とされていたものは現実へと姿を変えようとしている。
米国に起こった過剰投資社会の形成に影響を与えたと思われるひとりの偉大な人物、ウォーレン・バフェット。彼の投資案のなかにある「投資をする際はROEを重視しろ」とのことである。アメリカでは全盛期ROE(株主資本利益率)が40%超えの会社が乱立した。ROEが高ければそれだけ株主資本をうまく使っているということになるのだが、将来計画上、株主資本を当てにして営業を行う企業の末路はライブドアしかりエンロンしかりである。現実に目を向けず幻想のお金で商売することのリスクなのである。
当時、金融工学の金字塔ジョージ・ソロスは「今の金融の技術はわからない」とコメントした。
今思えばそうだろう。読んだ著書を忘れたが、当時から金融工学は数学の世界になってしまっていると書かれていた。だが「数学投資」にはセーフティーがなかった。
・ここまでの編集課題
引用するのはマックスウェーバーでいいのか?確かに影響を受けた人物
このときは証券経済の方向からコーポレイトガバナンスやステークホルダーの問題にあたっていた。
つまりマックスウェーバーと支配システムが結びつかない。しかし同時に会社形態はピラミッド型かフラット型かの問題もあった。マックスを引用して出した小論が確かタイトルは「金儲けわ悪いか?」
この論述の最もなキーワードは市場と組織(情報処理システム)にある。人は組織に所属する限りこの3側面に依存している。まず情報処理システムをわかりやすくいえば、芸能界(組織)とワイドショー(情報処理)そしてお茶の間(市場)の関係を考えればよい。まずはそのことを説明するためにいったん違う角度から見てみよう。
文学の話になってしまうが、文学上最も二つに分けると「理想(ロマン)主義」か「現実(自然)主義」かということになる私の中で理想主義的文学はノーベル文学受賞者川端康成やゴーティエ、一方自然主義の側は黒澤明監督やエミールゾラ(自然主義提唱者)、バルザック、などである。
日本では実験小説とか現実反映主義としてフランスより伝わり、永井荷風等が有名である。
さて、なぜここで文学と経営組織論とがむずびつくのだろうか?それは経営の現場において理想を求めるか、現実を求めるかの違いで共通である。
これまでの時代現場では現実を求めたのかもしれない。ノルマ主義、能力主義と言っただろうか。
しかしそれまで理想とされていたものは現実へと姿を変えようとしている。
米国に起こった過剰投資社会の形成に影響を与えたと思われるひとりの偉大な人物、ウォーレン・バフェット。彼の投資案のなかにある「投資をする際はROEを重視しろ」とのことである。アメリカでは全盛期ROE(株主資本利益率)が40%超えの会社が乱立した。ROEが高ければそれだけ株主資本をうまく使っているということになるのだが、将来計画上、株主資本を当てにして営業を行う企業の末路はライブドアしかりエンロンしかりである。現実に目を向けず幻想のお金で商売することのリスクなのである。
当時、金融工学の金字塔ジョージ・ソロスは「今の金融の技術はわからない」とコメントした。
今思えばそうだろう。読んだ著書を忘れたが、当時から金融工学は数学の世界になってしまっていると書かれていた。だが「数学投資」にはセーフティーがなかった。
・ここまでの編集課題
引用するのはマックスウェーバーでいいのか?確かに影響を受けた人物
このときは証券経済の方向からコーポレイトガバナンスやステークホルダーの問題にあたっていた。
つまりマックスウェーバーと支配システムが結びつかない。しかし同時に会社形態はピラミッド型かフラット型かの問題もあった。マックスを引用して出した小論が確かタイトルは「金儲けわ悪いか?」
サブプライム問題と米国連邦準備制度理事会においてベン・S・バーナンキ議長による「世界的過剰貯蓄」によせて(雑感)
バーナンキの一般的には米国の本意ともいうべき考え方である世界的過剰貯蓄の問題。
米国は経常収支赤字を生み出し、巨額の国債発行から世界的借金国へと転落してしまった。
しかし、一方で、世界の過剰貯蓄は、一見健全で巨額の資本収支黒字を出し続ける米国への投資活動、言うなれば米国への輸出傾向の増加を生み出し、貿易摩擦を生じさせてしまったということである。
米国への輸出傾向が強まるのは20004,5,6、をピークに、米国は巨額の資本収支
を得ることにより大量消費社会へと傾向が強まったのである。
物が米国で売れる。売れるから米国へ輸出する。しかしそれでも売れるので、日本なども設備投資をおこないさらに輸出傾向をつよめた。
日本において設備投資が増加したのは言うまでもない、投資資本社会的になりつつあった世界の過剰貯蓄者たちにとって、株価の値上がりはそれだけで、そして、企業の資本力をも増強させ、より強い販売意欲と株主への貢献要請とに答えようとしたのである。
バーナンキは米国の経常収支赤字は米国内的なものではなく、グローバリゼーションの波が押し寄せる国際状況ににおいて国外的なものであるとした。確かに上記で説明したように、米国の経常収支赤字と資本収支黒字は実質経済と架空経済とを乖離させ、経済の空洞化を推し進めてしまった。という見方もできる
しかしこの状況は巧みな情報処理技術とサブプライムによる低所得者向け住宅ローンの証券化ではないか。途中で製造業へとシフトすることもできたではないか。リスクがあることは承知していなかったのではないだろうか。
はたまた、昨今、中国当局が行った、市場の管理と統制の強化である。これができたはずだ。
米国は途中で気づいた。なぜならそれは米国のボラティリティー指数によっても、そして2004年からの不動産の下落傾向からも見て取れる。
私の見解から言わせれば世界の経済を、証券市場、原油価格をも牽引してきた米国の自業自得ではないだろうか。
私ははこの世界の過剰貯蓄と格差社会、日本においては高齢化問題、中国においては水質汚染の問題。
中東諸国においては治安の問題、異文化に対する価値観の違い。そして医療の進歩、科学の進歩にたいしても。積極的に刺激していかなければならない。これはある程度バーナンキ議長と私も見解は同じであるが、このことについては後語ることにしよう。とりあえず私達は、もう一度今の世界の現状を見直さなければならないのだ。
ここでひとつだけ米国のもといバナンキ議長の考えとはこうではないだろうかと思案した。
それは中国を中心にアジア市場でまたまた投資活動を行おうと考えているのではないだろうかと。
いずれにせよ、世界は、社会の要請に答えて、NGOやNPOをもっと活性化させなければならないのだ。
そしてここで私は少し反省をした、私達は米国を完全に見捨てて悪としてとらえるのではなく、米国、そして世界のことを考え双方によい選択支を模索しなければならないのだ。その可能性はあるのではないか。そのために、バーナンキ議長も言ったとおり今は忍耐なのである。これを私たちは警鐘にしてよりよき社会を求めるべきである。一方を善とみなし他方を悪、または利用するだけの価値しかないととらえずにもっと広い地平へ普遍的価値の創出へと思いを馳せて欲しいのである。いつまでもこんなことをつづけるのであろうか。
私達の欲求はとめどなく高みを目指す。よって物質的な科学的な精神的な進歩に幸福は訪れないのである。
私達の行動は一万年先、100万年先を見据えたものである
バーナンキの一般的には米国の本意ともいうべき考え方である世界的過剰貯蓄の問題。
米国は経常収支赤字を生み出し、巨額の国債発行から世界的借金国へと転落してしまった。
しかし、一方で、世界の過剰貯蓄は、一見健全で巨額の資本収支黒字を出し続ける米国への投資活動、言うなれば米国への輸出傾向の増加を生み出し、貿易摩擦を生じさせてしまったということである。
米国への輸出傾向が強まるのは20004,5,6、をピークに、米国は巨額の資本収支
を得ることにより大量消費社会へと傾向が強まったのである。
物が米国で売れる。売れるから米国へ輸出する。しかしそれでも売れるので、日本なども設備投資をおこないさらに輸出傾向をつよめた。
日本において設備投資が増加したのは言うまでもない、投資資本社会的になりつつあった世界の過剰貯蓄者たちにとって、株価の値上がりはそれだけで、そして、企業の資本力をも増強させ、より強い販売意欲と株主への貢献要請とに答えようとしたのである。
バーナンキは米国の経常収支赤字は米国内的なものではなく、グローバリゼーションの波が押し寄せる国際状況ににおいて国外的なものであるとした。確かに上記で説明したように、米国の経常収支赤字と資本収支黒字は実質経済と架空経済とを乖離させ、経済の空洞化を推し進めてしまった。という見方もできる
しかしこの状況は巧みな情報処理技術とサブプライムによる低所得者向け住宅ローンの証券化ではないか。途中で製造業へとシフトすることもできたではないか。リスクがあることは承知していなかったのではないだろうか。
はたまた、昨今、中国当局が行った、市場の管理と統制の強化である。これができたはずだ。
米国は途中で気づいた。なぜならそれは米国のボラティリティー指数によっても、そして2004年からの不動産の下落傾向からも見て取れる。
私の見解から言わせれば世界の経済を、証券市場、原油価格をも牽引してきた米国の自業自得ではないだろうか。
私ははこの世界の過剰貯蓄と格差社会、日本においては高齢化問題、中国においては水質汚染の問題。
中東諸国においては治安の問題、異文化に対する価値観の違い。そして医療の進歩、科学の進歩にたいしても。積極的に刺激していかなければならない。これはある程度バーナンキ議長と私も見解は同じであるが、このことについては後語ることにしよう。とりあえず私達は、もう一度今の世界の現状を見直さなければならないのだ。
ここでひとつだけ米国のもといバナンキ議長の考えとはこうではないだろうかと思案した。
それは中国を中心にアジア市場でまたまた投資活動を行おうと考えているのではないだろうかと。
いずれにせよ、世界は、社会の要請に答えて、NGOやNPOをもっと活性化させなければならないのだ。
そしてここで私は少し反省をした、私達は米国を完全に見捨てて悪としてとらえるのではなく、米国、そして世界のことを考え双方によい選択支を模索しなければならないのだ。その可能性はあるのではないか。そのために、バーナンキ議長も言ったとおり今は忍耐なのである。これを私たちは警鐘にしてよりよき社会を求めるべきである。一方を善とみなし他方を悪、または利用するだけの価値しかないととらえずにもっと広い地平へ普遍的価値の創出へと思いを馳せて欲しいのである。いつまでもこんなことをつづけるのであろうか。
私達の欲求はとめどなく高みを目指す。よって物質的な科学的な精神的な進歩に幸福は訪れないのである。
私達の行動は一万年先、100万年先を見据えたものである