狸です。

中小企業に於いて人事評価が本当に必要かという問題ですが、基本的には必要ありません。

従業員さんから「うちの会社は社長の鶴の一声で、昇給や人事が決まる」と愚痴を聞きますが、だからこそ中小企業であり、そこが中小企業の魅力でもあります。

狸が10月に発表した中小企業に於ける昇給についてのレポートです。

中小企業の賃金制度を考えるときに、毎月のお給料、賞与、退職金を切り離して考えることはできない。特に中小零細企業では、退職金に対して、企業規模の問題から消極的な姿勢になりがちであるが、(a)人件費の適正配分(b)懲罰規定の担保(c)退職従業員の自立支援(d)退職後の競業他社への兼業禁止効果等、企業における退職金の果たす役割は非常に大きい。最近のトレンドでは退職金相当額を毎月の給与に上乗せして在職中に支給する方向にあるが、中小企業でこの様な退職金前倒し支給をすることは、前述のような退職金の果たす役割を退職金以外の人事制度で担うことになり、リスク及びコスト共に上昇する。

そこで、本稿のテーマである「昇給」の考え方であるが、原則として、昇給は(1)固定的賃金としての昇給(2)固定的賃金に付随する変動給(時間外手当等)の昇給(3)賞与の増額(4)各種社会保険料の増額(5)退職金の増額に分けて考察する必要がある。

(1)固定的賃金としての昇給について
いわゆる、一般的な昇給である。賃金フォーマットを作成している企業であればフォーマットに従いワンランク昇給(定期昇給)する作業であり、フォーマット自体の改正としてベースアップを考察する事になる。

ところで、賃金フォーマットの作成であるが、中小企業では賃金フォーマットはあまり機能しない傾向にある。機能しない原因は種々存在するが最大の原因は、賃金フォーマットの前段階である人事考課が機能していないために、賃金フォーマットは年功序列給の一形態に成り下がってしまうのである。人事考課が機能しないのは、人事考課が不公平になりがちで公平な人事考課ができないため、中心化傾向やハロー効果等に惑わされ公平な考課ができなくなり機能しなくなっていくのである。そこで、人事考課の公平性について考えてみると、人事考課とは人間が人間を評価する制度であり、そこには、評価者の評価技術や感情の問題も存在し、いくら公平性を追求しても絶対的公平となることはない。つまり、不公平な制度である。では、どこまでも公平性を追求しても不公平が残るのであれば、不公平な人事考課ととして運用し、「不公平であるが仕方がない」と従業員さんが納得できる人事考課を行えばいいわけである。

不公平な人事考課の最たるものが「社長のさじ加減」である。不公平なようであるが、中小企業では最も従業員さんをよく観察しているのが社長さんであり、社長さんにとって必要な人材は中小企業にとっても必要な人材である。したがって、一見不公平なようにみえる「社長のさじ加減」による昇給が実は中小企業にとって一番公平な昇給となるのである。

中小企業の社長さんは毎年この「社長のさじ加減」を考えるのを嫌い、公平でわかりやすく手間いらずの賃金体系を作りたがるが、前述のように安易に賃金規程を作成し賃金フォーマットに当てはめようとしてもなかなかうまく行くものではないし、人事考課に費やす労力の方が膨大になってしまい中小企業ではマイナスである。

では、自社が労務管理上中小企業であるか中堅企業であるかの境はどこだろうか。製造業従業員数300人以下が中小企業とよく言われるが、この様な区分けは統計上や適用する法律上の区分けであり、労務管理上は全く役に立たない。

目安としては、社長さんが従業員さん全員を「憶えている」かどうかという点である。憶えているというのは顔と名前が一致する必要は全くなく、街でばったりで会ったときに自社の従業員さんであるとわからなくてもかまわない。人事考課、つまり、「社長のさじ加減」での昇給の時に「こいつはよく頑張っている」とか「こいつは儂の前では働くが影ではサボっている」とすらすらと判断し昇給額を決定できれば中小企業である。売上の大きさや従業員数は全く関係ない。社長が「儂の会社や」と思い「儂の会社の事は儂が決める」と思い個人別の昇給額までしっかり決めることができれば立派な中小企業である。サラリーマンの方には全くわからない感覚であるが、どこの中小企業の社長さんも持ち合わせており、どこの中小企業の社長さんにも非常に良くわかる感覚だと思う。

中小企業における固定的賃金の昇給は「社長のさじ加減」が生かされている会社については、そのまま「社長のさじ加減」を活用すればよい。万が一失敗しても、経営者としての社長の責任であり納得しやすいし悔いが残りにくく切り返しての立ち直りも早い。中小企業で複雑な人事考課等策を弄して失敗すると悔いが残り立ち直れなくなる虞がある。

まわりのスタッフは「社長のさじ加減」による固定的賃金の昇給に対して(2)~(5)の増額分を計算して、今年度の賃金総額の予測を立てればよい。

「社長のさじ加減」が生きていない会社については、中小企業としての「社長のさじ加減」を生かす方向に戻すのか、中小企業を脱し、中堅企業としての道を選ぶのかの選択となる。

本稿は中小企業の昇給についてがテーマであるので、中堅企業の昇給については割愛する。

(2)固定的賃金に付随する変動給(時間外手当等)の昇給について
固定的賃金の変動に伴い、自動的に変動すると思われがちな時間外手当等であるが、時間外手当の固定払いを導入することにより、自動的変動を抑制することができる。また、固定的賃金の昇給により、人件費総額に余裕がなくなる時などに、固定的賃金の昇給額の一部を時間外手当の固定払いの部分を昇給さすことにより、人件費総額を抑制できる部分である。賃金の未払労働(サービス残業)対策としても非常に効果的な部分でもある。企業防衛という観点から昇給を考えるなら、固定的賃金の昇給より、この部分の昇給を手厚くする方が得策である。

また、将来的に賃金制度の変更を予定している会社についても、当面はこの部分を昇給しておくと、賃金制度の変更時における不利益変更の問題も克服しやすいというメリットもあり、非常に中小企業にとって有益な部分である。

(3)賞与の増額について
賃金連動型の賞与査定システムを導入している企業では、固定的賃金の昇給(基本給の昇給)は自動的に賞与の昇給になってしまう。そこで、中小企業では固定的賃金の昇給に際し基本給の昇給を見送り、各種手当て(資格手当・職長手当等)を昇給することにより、賞与の増額を抑制しようとする傾向にある。この結果、中小企業の賃金台帳を拝見すると、賃金規程に規定されていない種々の手当が沢山支給されていることがよくある。これは、賞与の査定が賃金、特に基本給連動型になっている副産物である。種々の手当は、受け取っている従業員さんはもとより、支給する側の人事部の人も良くわからないが支給されているという手当てが沢山ある。中小企業の最も中小企業らしい部分でるが、基本給の昇給を抑えてそのかわりに各種手当てを昇給さすことにより、賞与の増額を抑えようとする手法は、悪戯に賃金形態を複雑にするだけで、労務管理上メリットは殆どない。早急に改善する必要がある。この部分の改善は昇給時に実行するのが最もスムーズに行えるのである。そこで、各種手当ての整理統合の前に、賃金連動型の賞与査定システムを賃金連動型で無くす必要がある。具体的には、賞与の額は賃金の何カ月分という考え方をやめ、企業の賞与総額から、各人毎に配分する制度に切り替えればよいのである。

ところで、平成15年3月までは毎月の賃金にかかる社会保険料と賞与にかかる社会保険料では料率が大きく違っていた。この結果、毎月の賃金を抑えて賞与を手厚くする傾向にあった。しかし、平成15年4月以降は総報酬制が導入され料率が同じになったため、賞与を手厚くするメリットがなくなった。そこで、賞与の分割支給が労務管理上絶大な効果を発揮する。

例えば、12月支給の賞与を12月・1月・2月・3月・4月・5月の6回の分割とし、毎月の賃金に上乗せして支給するのであるが、分割支給を本来の賞与支給日より前倒しして支給するのでは企業防衛という観点からは意味がない。そこで、賞与の支給月から6分割で支給するわけであるが、この時に、企業としては期間の利益を得ることになる。企業が従業員さんに対して利益を得るということは、従業員さんからみれば「不利益変更」である。すると、この手法は不利益変更の手続きを経て行うことになるのであるが、不利益変更の結果、傷病手当金、休業補償給付、退職時の雇用保険の賃金日額、出産手当金、育児休業基本給付金、育児休業者職場復帰給付金、高年齢雇用継続給付金、在職老齢厚生年金等従業員さんのメリットも大きい。従業員さんにもメリットが大きい「不利益変更」であるので、しっかりと手続きを踏めば問題にならない「不利益変更」である。

企業としてのデメリットは賞与の分割払い導入時点で、企業における賞与総額が経費計上できないという問題点があるが2年目以降はこの問題点はクリアされる。

賞与の分割支給制度が導入されると、毎年の昇給額より、賞与による賃金の変動額の方が大きくなり、従業員さんの昇給依存度を低下さすことができる。また、賞与は基本的には賃金非連動型となるので、賃金形態として、成果給の色合いが強くなる賃金形態が出来上がる。

但し、賞与の分割支給は「賞与の分割支給という名称の賃金」といえるので、時間外手当等の計算の根拠に含める必要がある。従って、単純に本来の賞与額÷6か月を毎月の賃金の支給額に上乗せして支給すると、時間外手当の単価が上昇する分だけ賃金総額を押し上げることになるので注意が必要である。

ところで、賃金非連動型の賞与査定システムも、昇給と同じように中小企業で最も重要な部分は「社長のさじ加減」である。自社が中小企業だと認識したら、悪戯に複雑な賞与査定システムを組むのではなく「社長のさじ加減」が好ましいだろう。

(4)各種社会保険料の増額について
本来は法定福利厚生費であるが、昇給に付随して自動的に増額するのであるので、経営感覚としては人件費総額に含めて考えておく方が無難である。また、昇給の段階では、各種社会保険料の増額も当然に計算に入れ、昇給額を決定するべきである。

(5)退職金の増額について
中小企業で最も多い退職金は、賃金連動型の退職金で、退職時の基本給×勤続年数による乗率で計算されるパターンが最も多い。

賃金連動型の退職金の場合で、特に基本給連動型の退職金制度を導入している中小企業では(3)賞与の増額と同じように、基本給の昇給を見送り各種手当ての昇給に走る傾向にある。この様な弊害を排除するためにも退職金においても賃金連動型から賃金非連動型に移行するのが望ましい。しかし、退職金は「社長のさじ加減」だけで決定するには金額が大きすぎ、ある一定の目安も必要になる。そこで、ポイント退職金制度を導入するわけである。毎年のポイントを積算しポイントの累計に一定の乗率のかけることにより退職金を算出するのが一般的なポイント退職金制度である。中小企業では、ポイントの付与方法や管理方法に問題があり導入に踏み切れない傾向にあるが、厳密なポイント制を導入する必要はなく、標準報酬月額によるポイント付与等でも充分運用できる。問題は、ポイント制により算出された退職金額に如何に「社長のさじ加減」を上乗せするかである。権利として確定している算出額を減額することは法律上問題があるため「社長のさじ加減」は退職金の上乗せ額となる。すると、「社長のさじ加減」の部分を考慮して、ポイント制退職金制度を組み上げる必要がある。冒頭に書いたように企業防衛において退職金が果たす役割は非常に大きく、退職金を導入していない企業は、早急に退職金を導入する必要があり、また、退職金が賃金連動型等改正の必要がある場合も早急改正に着手する必要がある。

しかし、退職金制度の新規導入や改正には退職金原資が必要になる。そこで、「社長のさじ加減」の昇給時において退職金原資を確保しておくことが好ましい。

本稿ではつらつらと「昇給」に関する考え方を記載したが、考え方はともかく制度の導入及び活用は容易な手法ばかりである。なるべく早い時期の各手法の導入をお勧めする。


   つづく

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