10/27スクールをリタイアしました。


前日まで、自分でもこんなことになると思っていなかった。

くみちゃんのセッションでは、1ヶ月走ってきて、どうしてももっと寝ていたいとう気持ちと何度も戦ったり、今日は足が痛いからとか色々さぼる理由を探している自分がいて、大変だった。

でも、いつもそこで何を選ぶ自分が好きかって先生の言葉を思い出して、続けてきた。

自分がどれだけ安易にとことんやりますって言っていたのかがわかったと話をしていたけれど、それも気づいて終わりだった。

意志のところの話になると、言葉がでてこなくなって、またセッションにならなかった。


セッションの録音を聞き直していて、自分が言ってることが支離滅裂で、とっちらかっていて、やっぱりこんなおかしい自分をなんとかしたいからセッションだけは受けさせてもらいたいと1度思った。

けど、次の日くみちゃんから電話があったときに、そう言いながら泣いていて、その泣いているのも、変わりたいけど、変われない自分がかわいそうで泣いていたことを、シェアタイムのときの先生のお話しで聞いて、また陶酔だったのかと気付いた。


シェアタイムのとき、先生がおっしゃったこと、そのとおりで、今の私は、やっぱりこんな自分が心底嫌で、本気で変わりたいって思えていなかった。

だから、必死になれなかった。

そう思える自分になりたかっただけだった。


スクール生でありながらそんなところにいた。

みんなと立っているところが、全く違う。


そして、リラ依存。

リラにいると変われる気がする。


楽して変わりたい。

誰かに自分を変えてほしい。

こんなに自分のことわかってくれるところは他にない。

そういう気持ち、確かにあった。


そしてリタイアするときでさえも、みんなに先生にリタイアって言われたからやめるというような内容のメールを送っていた。

そんなとこまで、依存していた。

書いていて恥ずかしいけれど、本当に依存がしみついてる。


先生のお話しを聞いていて、本当にその通りで、セッションを受けても今の意志がないままでは、結局また成り立たないセッションになると思った。

実際、やっぱり1ヶ月を振り返って、セッションでの質問がなかなかでてこなかったし、勉強会でも何を質問するかずっと悩んでいることが多かった。


ここは自分なりにやってみて頭打ちの人が、さらに上を目指す為にくるところ。


そう教えてもらって、今まで生きてきて、私は自分で考えて模索して、何かをとことんやったことがない、占いや、ヒーラーやチャネラーに依存していた時期も長かった。

そこ、全く変われてないじゃないかと思った。


それで、先生に今はリラを離れて、まず自分一人で何かをやってみて、本気で変わりたいと思ったときに、厚かましいですが、個人セッションを受けさせてくださいとお願いした。


先生は、「どうぞ、もちろん。それが一番いいと思います。」

そう言ってくださった。

みどりちゃんから今日電話があって、教えてもらって、このとき「こんな私にそんな温かい言葉をかけてくださって、本当にありがとうございます。」そんな気持ちもあったけれど、それも陶酔だったとわかった。

先生は本気で変わりたいと思う人には、本気で関わってくださる。

それだけだと。



みんなに教えてもらったこと、無駄にしてしまいました。

伊勢の合宿委員も投げ出してしまって、8期のみんなごめんなさい。

ちあきちゃんが遠隔でのこと書いてくれたブログ、シェアタイムが終わってから読んで、胸が痛かった。

最後にけんけんが、肩をそっとたたいて話を聞いてくれた顔が忘れられない。


シェアタイムのときも、みんなから言葉をもらって、そのときの気持ちを言葉にすると嘘くさくなる気がして、うまく話せなかった。

でも、みんなの言葉忘れません。


今こんなんですが、感じることやっていこうと思っています。最後に先生にそう言ったとき先生が

「感じられるようになるためには、毎日何かを変えていかなきゃいけない。あなたはそれをやってこなかった。いつも言ってるけど、言うのは簡単だから。」

そうおっしゃったこと、忘れないように、やっていこうと思います。


先生、本当に今までお世話になりました。

こんな文章しか書けませんが、こう決めたことで少しでも前に進みたいと思っています。

ちあきちゃんといくちゃんと遠隔だった。


話の流れがぐちゃぐちゃなんやけど。

私はまたすごく大事なところを忘れていたことに気付いた。


私は家事を終えるとしょっちゅう眠気がくる。

今日もそうだった。でも、こうやってスカイプで話始めるとシャキッとする。

そんな話の中で、ちあきちゃんに、根本的なところで何から逃げてるのか?と聞かれて、自分でもよくわからなかった。


読みかえすと9/26のブログにも書いてあったけれど、

先月の授業の思考くずしで、やっぱり私は母のことを感じることから逃げてた。

そこをすごく感じていたのに、結局この1ヶ月、シークレットで感じたことを書いてはいたけれど、その中で母のことは一切書いてない。

しかも10/15は母の命日だった。

その日も母のこと書こうとして、すごく抵抗を感じたわけではなかったけれど、他のことを書いていた。

あれだけ色んな人に言ってもらってきたのに。

今やることは、シークレットと走ることってなっていて、そこに母のことは繋げられていなかった。


ちあきちゃんはあの授業の後から、母のことがブログにあがってこないので、待ってたけど、途中でやらないんだと思った。

ちずちゃんに対して、切り離すとかじゃなくて、ふーんやらないんだって、怒りとかじゃなくて、そうしたいんだったらしょうがないよねってなる。先生がおっしゃっていた気持ちが、わかる気がする。

と言っていて、私はずっとこれを先生にやってきたんやなと感じた。

と書いていて、今、このことに対する気持ちも感じないようにしていた自分に気付いた。

どこまで逃げるんや。

そう言われて痛かった。痛い。痛い。

ここを感じる。


ちあきちゃんからスクールの録音もう1回聞きなおしてみて。って言われて、自分でも感じたいと思って、さっきスカイプが終わった後に聞き直した。

聞きなおして、じわっと感じるものはあるけど、感情はでてこなかった。

でも、逃げない。あの手この手で感じてみようと、今思ってる。

病院とかに行ってみるのもありかと。


こうやって書いてても、また忘れてやらないかもしれないと思うと、そんな自分が怖くなる。でも、そんな大切なことを忘れてなるものか、みんなをこれ以上裏切らない。

今、そう思ってる。


先月のスクールでのワークの詳細を書いておく。


「人として深い人は、すごく苦労をしている。私は苦労をしていない。」

「私は死にたいくらいに苦しんだことがない。だから私は苦労をしていない」という思考を崩してもらった。

みんなから「苦労はあるのに、そこを苦労ととらない、味わっていない、感じていないから、苦労してると感じない。」と言ってもらって、ぱかっとなっていた。

話しの中で


「私は平凡(普通)」

っていうのもでてきた。


「発達障害の気がある、異常性があるって言われてるのに、普通って言い切れるのがどうなのか?」

「普通って思うことで、辛いって思うことから目を背けてきたんじゃないの?」


そう言われて、本当にそうだと思った。


私の家は普通(平凡)な家庭って思っているところがある。

私は普通の幸せな家庭で育ったってずっと思いたくて、メンタルネグレクトって言われたことも受け入れられてなかったって思う。そこも感じていない、受けいれていない。

みんなだっていつかは親の死っていうことは経験する、親を亡くした人はみんな経験してること。そう言っていて、お父さんが普通でいいって、普通を連呼していたことを思い出した。


この話を聞いて 

「お父さんにこれは普通だと思って、いろんな気持ちを伝えることを我慢してきたこと、それを言ってみれば?」

そんな話もしてもらってた。


「不安とか淋しいとかもちゃんと言えてなかった。言うのは我慢するもの、それを伝えるっていう選択がなかった。自然に我慢するのを抑えてた。

お父さんが私にしてきたことと一緒で、私も自分のチャイルド人格に対して、問題がないからいいかと、放置してるところがある。」

「普通に今ある感情を、感じれるようになりたい」

そう言いながら、涙が止まらなかった。



ちあきちゃんから私のブログを見てて、何がしたいの?って思う。と言われ。

これが私の根深いパターンなんやって思う。

また何回も繰り返してしまうんやろう。

でも、もう2度と繰り返したくないって思う。

そう言って、またやったらどうしようって思うけど、負けない。

いくちゃんは、似てるところあるけど、親とのことやってる。

私も自分の為に、人としてまともになる為にちゃんと感じていく。

ちあきちゃん、いくちゃんありがとう。

いずみちゃんとみおちゃんと遠隔。

けんけんも入って、4人で話した。

いずみちゃんと自分が重なる。


自分だけがすごくおかしいにはまってしまう。

こんな私はスクールにはいられないんじゃないか。

自分の意志次第なのにそこにはまる。

そうやって、卑下にはまって、自分のことしか考えられなくなる。

相手がいなくなる。

すぐに変われるって思ってる。

すぐにわかったって思ってしまう。

自然な涙まで、おかしいんじゃないかと思って否定してしまう。

正解の答えが、さらっと口からでてくる。


いずみちゃんのおかしなところが、今まで自分がやってきたこと

そのまんまで痛かった。

やってきたことじゃない。今だってまだまだやってる。

こうやって、さらっと過去のことのように書いてしまうのもプライドだ。


今でも、崖っぷちにいる自分なのに、私ちょっと大丈夫になったかもって思うことがある。

それとは逆に、これでいいのか?と自分がおかしくないか、ちゃんとやることやってるのか、心配で焦る気持ちもある。

そもそも何の為に今取り組みをしているのか。

そこにいつも戻ることは意識している。

でも、言われたことをやるだけではまた依存で。

自分の話になってしまった。


カルマは根深い。

そんな簡単に治るものじゃない

自分だけがおかしいんじゃない。

みんなおかしい。

カルマはえげつない。


4人でずっと話していて、最初はまた思考になっていたいずみちゃんやったけど、最後の方のみおちゃんけんけんのその言葉は、いずみちゃんにちゃんと入ってると感じた。

涙ながらに「シェアタイムのときのこと、自分がすごくおかしいんだってわかって、すごくショックだった」と答えていたいずみちゃんは、すごく自然だった。


けんけんがブログにもう、シェア書いてくれてた。


ほんと、ちょっとずつ気づいては、また同じことをやり、突っ込まれ、へこみ、その繰り返しなんやな。みんなそうなんや。

潜ってもすぐに浮いてしまうことも、いずみちゃんと一緒で、私の大きな課題でもある。

意識して戻るしかない。

昨日は2年ぶりに、妹を含めた幼なじみの家族で集まって、ごはんを食べた。

みんな子ども連れでにぎやかで、楽しい時間だった。

子供が寝てからは、子供や夫婦の問題やそれぞれの親との問題、そんな話もできた。

そんな中姪っ子の咳がとまらなくなって、急遽救急病院に連れて行くことになって、家に帰ってきて、やっと落ち着いた姪っ子が寝ているそばで、妹と話していて、妹が亡くなった母に甘えたい気持ちが噴出したり。

自分の中の感情も色々振っていた。



みんなの子供を見てると、天真爛漫だったり、泣くのを我慢してたり、おねえちゃんぶりたかったり、甘えてきたり、あきない。

そして、子供の頃の自分のことも思い出す。




お風呂から上がってきて、敷いてあったお布団に転がるのが、楽しかったし、心地よかった。幸せだった気持ち。

妹とけんかして、キレまくってたこと。でも家はちあきちゃんの親のように、とことんやれということはなく、ひたすら止めに入っていた。

私が4つも上で、力で勝ってしまうからという理由もあったにせよ、けんかはいけないこと、そんな空気は間違いなくあった。

けんかの理由は覚えてない。

でも、怒りがおさまらなかったことは覚えている。




今思うと、妹には顔色うかがうこともなく、感情ぶつけてたんやなって思う。

20歳過ぎた頃から、妹と色んなこと話すようになった。

よしみちゃんがコミュに書いていた。

私も妹とそうやって、止められながらも感情ぶつけてきたから、今すごく大切な存在なのかと思う。

妹が家に泊りにくるときは、なんも用意できないけど、お布団だけはちゃんと干して、気持ちよく布団に入ってほしいって思う。



それって、やっぱり自分が与えてもらって幸せ感じてたことを、してあげたいって思うのかって思った。



何が書きたかったのかわからなくなってしまった。



いつも母の愛情を求めていて、それがいい子でいることになってしまって、でもフラストレーションはたまり、妹に対して爆発していたのかと思う。

その頃の人格の小学生の優香がやっと、母に素直に甘えてもよかったことに気付き始めてる。

甘えるのは恥ずかしいこと。

そう思ってたと気付く。

お姉ちゃんなんやから。

そう言われたことをはっきりと記憶してはいないけれど、もうお姉ちゃんなんやから甘えるのは恥ずかしいこと、そんな風に思ってた。

だから、我慢した。



それが関係してか、今日はすごい孤独感に襲われた。

人といても、埋められない。

全てがグレー色。

最近この昔よく感じていた孤独感を感じなくなっていた。

少し、前より色んな感情が感じれるようになったのかな。








今日はスカイプ勉強会だった。

さえちゃんとは初めましてのスカイプだった。



前回のスカイプ勉強会で、リラに依存する気持ちがある、こんなに自分のことをわかってくれるところはない、そんな気持ちが大きいことに気付いた状態で終わっていた。

ぶんちゃんに、その後どうなったのか、ブログからは伝わってこないから気になっていたと言われて、改めて今、なんでリラにいて、取り組みがしたいのか?

聞かれて、


このままの自分は嫌だ。

変わりたい。

自分をあきらめたくない。

人と深く関わりたい。


という気持ちが自然にでてきた。


シークレットに色々書かせてもらって、自分の卑下のひどさも改めて感じてるからか。

素直にそう思えたことが、今嬉しい。


こうやって、今の気持ちを伝えられてないのも、自分ばっかやなって思う。

心配してくれてる人がいるのに。


ぶんちゃん、さえちゃんありがとう。