――――貴方に接する“コト”のキッカケ。




2学期がスタートした。そして、ホリゾントという大きい絵の作成にも入った。

ホリゾント制作はまずは小さかった絵を拡大し、そして、ほぼ全員で色を塗る。それくらい大がかりな作業だった。

体育祭前だったけど必死で残っていたし、その絵の持っている良さを潰したくなくて頑張った。


私はいつも飯塚さんと一緒にいた。

飯塚さんはクラスに私以外の友達はいないように思えた。

「かなちゃんって、あんまり絵上手くないよね」

「馬鹿みたい、そうやって頑張ってるのって」

気づけば飯塚さんの言葉が毒舌になっていた。

毒舌っていうレベルじゃなかった。ただ、耐えるしかなかった。

本人に言うのは苦手だった。周りは『飯塚さん?誰それ?』みたいな感じだった。

誰にも言えなかった。言いたくなかった。何か怖くて怖くて言いたくなかった。


ある日だったふと趣味である小説を書いていた。

その小説の元の配布元のサイトで他の人の小説を見ていた。

その作者のページを見ると『本音』っていうページがあった。

それを読むと『あいつ、本当にうざい』や『死にたい、死にたい』と小説からは想像もつかない作者の顔があった。

当時、病んでいた自分がそれを読んでしまったのだ。

ただでさえ精神的にもおかしくなっていたから善悪の判断がおかしくなっていた。

『言っても誰もわからない、どうせ』って勝手に思ってしまった。



気づけば、カチカチと指は動き、

バレないだろうという油断と埋まらない心で愚痴を書いてしまった。



正直、口でいうことを文章で書くとスッキリした。

だって、飯塚さんは見ていないから。聞こえないから。

人とはその本人がいなければ結構悪口とかも言っちゃう生き物だ。

だから、気づけばほぼ毎日のように止まらない不満をぶちまけた。



そして、それと同時進行かのようにホリゾントも終盤だった。

私のクラスにダンがホリゾントを見に来たのだった。

「凄いですねー」

「でしょ?さすが5組やろー」

と皆の前に本当に不満が募っていたことは内緒にしていた。黙っていた。嫌、隠していた。

だって、皆に心配されたくなかった。

「ダン!蔵屋先生、知らん?」

「蔵屋先生、竹高先生と××してるんじゃないんですか?」

「ちょっ!」

ダンは四月の頃から相変わらずのノリだった。そして、笑っていた。

そして、筆を片手に目の前のダンに喋りかけた。

「自分な、嫌いな先生おんねん」

何故、こんな話題振ったんだろう。自分でも不明だ。

私は今は別にどうでもいいが社会の長妻が嫌いだった。

「誰なんですか?教科は何ですか」

「教科言ったらバレる!」

「ってことは数学と理科は違うかー」

当時、数学と理科は少人数制だった。

だから、自動的に教科に先生が二人以上いる計算になるのでダンは違うと推測したのだろう。

「国語か?」

「国語の先生はめーっちゃ好きやもん」

「んじゃあ、社会?」

「ぎくっ」

「図星みたいだな、なんで?」

ちゃんとダンはいつも理由を聞いてくれた。

この時も私にとってはどうでもいい話だったのにダンはちゃんと聞いてくれた。

「だってな、長妻先生な、勝手に先生らの年齢推測すんねんで!それって酷いと思わへん?

もしかしたら、若いかもしれへんのにそれってあかんと思うねんやんか」

「うんうん」

ある授業のことだった。社会の長妻が勝手に先生たちの年齢を推測した。

本当は若いのに勝手に30代に入れられてる先生を見て私は怒りを感じた。

その上、保健の先生の名前を忘れていたのだった。それを見て私はもっと怒りを感じた。

「ダンは若いからええけどな、けど、自分はやっぱあかんと思う」

ってことを多分数回は言った。なのにダンはちゃんと聞いてくれた。

その時から変わらない。「うんうん」って聞いてくれた優しいダン。

「速水、竹高先生からダンに乗り移ったん?」

とクラスの女子に聞かれた。だが、私は…

「違うしー、ダンは違う」

ダンを好きになることも知らず、私はただ笑っていた。


もしかするとこの時から私はダンを好きだったのかもしれない。






―――貴方にはあまり興味のない世界かもしれない




私は部活は美術部に入った。

その時はただ絵を描くのが好きで、そして、絵を描くことが楽しくて美術部に入った。

綺麗な絵、ごく当たり前の学校の風景画、凝った彫刻、難しそうな模写――――

その全てが素晴らしく見えてこんな絵が描きたい!って思い、入部した。


初めて美術室に飯塚さんと行って、10人近くの仮入部の子がいた。

人見知りな私は飯塚さんとよく喋っていた。

目の前には怖そうなショートカットな女の子がいた。よくよく見たら結構可愛い。

そして、その子の横には飯塚さんがいた。

飯塚さんの横にはずっと絵を描いてて雰囲気的にアニメとかゲーム好きそうな子がいた。

その子の横にもずっと絵を描いてて可愛らしい感じの女の子だった。

そして、それから一週間後ぐらいに本入部。私は迷わず“美術部”と記入した。


自己紹介をした。

次々と先輩たちが自己紹介していく中で自分たち、新入部員たちの出番がきた。

「一年三組の池上琴音です、これからもよろしくお願いします」

「一年三組の冨山眞実です、アニメとかゲームとか大好きなのでいろいろと話したいです」

そして、自己紹介をする度にちゃんと拍手が上がった。

可愛らしい感じの子の自己紹介の番になった。

「…………」

と一言も喋ろうとしなかった。

もちろん何も知らない私は何故かはわからない。

ただずっと黙っていた。そして、空気を呼んで顧問は…

「一年三組の伊達明日奈さんです、よろしく」

「…………」

私はただ伊達さんがちょっと恥ずかしがっているだけだと思っていた。

だが、伊達さんは複雑な事情を抱えている子だった。

「一年五組の飯塚友里です、よろしくお願いします」

と飯塚さんが言い終わり、気づけば私の番になっていた。

「一年五組の速水要です、いろいろと妄想癖があって変な奴ですがよろしくお願いします」

と先輩方々、もちろん私も笑いながら言っていた。

そして、自己紹介は終わった。


美術部は皆、個性的な面々だった。

一番最初に仲が良くなったのはクラスも部活も一緒だった飯塚さんだった。

そりゃ、当たり前にクラスも部活も一緒だったら仲良くなる。

だから、一番最初に仲良くなった気がする。

その次に冨山さんだった気がする。

美術部のメンバーで遊んだ時に何故かデコチュートークで盛り上がった。

キッカケは本当にそれだけだった気がする。

けど、伊達さんは全く喋ってくれなかった。皆には『伊達ちゃん』って呼ばれているようだった。

私も勝手ながら『伊達ちゃん』って呼ぶと本人は大分驚いていたように思う。

ある日、美術部のメンバーで皆帰る道がバラバラで伊達ちゃんと同じ道だった。

「今日さ、暑かったよねー」

「………」

「てか、ほんま竹高先生かっこいいわ-!」

「………・ニコッ」

と次第に微笑んでくるようになった。

少しずつではあったものの。


夏休みを迎えた。

私はずっと美術部のメンバーで遊んでいた。

最初の一週ぐらいは部活はあったものの、それ以降はほとんどなかった。

けれど、メールとかで通信手段で遊ぶ約束をした。


ある日だった。

飯塚さんと冨山さんと遊んでいた時のことだった。

「ねぇ、かなちゃん、私ね、悩みがあるの」

「その悩みは何なん?」

ってそんな話をしている時だった。

何の悩みかは忘れてしまったのだ。ただ、そんなに大したことじゃなかった記憶がある。

それで何のことを話していて確かは私は…

「辛いことあって当然なんじゃないの?」

「楽しくないなんて人生じゃない」

結構、この言葉は私的には衝撃を受けた一言だった。

そして、同時に憎みを抱いた瞬間だった気がする。


私の人生観を180度変えたある事件の序章に過ぎなかった。






―この日がなかったらお互いを覚えてたかな?




「はーい、起立!お願いします」

いつものようにこの声で授業が始まる。

竹高先生だったら良いのにって思いながら受けていた。

ほとんど授業の内容は右から左に流れていた。

私は前の土生と隣の笹岡と斜め前の西寺と仲が良かった。

土生は小学校の頃から一緒で5年ぐらいクラスが一緒だった。

笹岡と西寺は全然知らない奴だが普通にいい奴だった。

授業を受けていてふと思った。



この先生、歳いくつなんだろうか。



パッと見て20代には残念ながら見えなかった。

若く見積もって30代前半ぐらいかな?って思っていた。

そう、正直に言うとダンは老け顔だった。

あまり顔はかっこいいとも言えなかった。

けど、そう言えば新任とか言ってたような気もしたような…

「なぁなぁ、ダンっていくつやと思う?」

って先ほどの3人の男子に聞いてみた。
「25ぐらいちゃう???」
「嫌、30超えてるな」
「20代後半やろ」

「つか、本人に聞いた方が早いんちゃう?」

と本人の前でお構いなく言っていた。

そして、私はついにダンに聞いたみた。

「ダンっていくつなん?教えてーや」

「嫌です」

「なんでや!教えてや、だーん!」

ダンは少し躊躇って私たちにボソっと言った。


「・・・・・・22ですよ」


32の間違いなんじゃないかって正直に思ってしまった。

嫌、けど、22って確かにこの耳は22って聞こえたような気がした。

「えー!!!嘘やろー?なぁ?」

「嘘ついてるな」
「白状せー!!!」
「嘘なんかついてませんよ!」

そんな感じで気づけば授業が終わっていた。

この授業は楽しかったなって覚えていた。

「ここら辺の人たち、覚えました」

そう指差し、ダンが言った。

その指の先には私たち4人がいた。


それがダンが私を、そして、私がダンを覚えたきっかけだった。