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暖簾のブログ

2020/8/19再開

各PCの自己紹介がてら、さっさと書いてみる。
コーイチ君はまだTRPGとして使ってないので、とりあえず除外。(今夜使う)


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人の縁とは、妙なものだと思う。
近付きたい人を追い掛けて疎遠になることもあれば、思いもしないタイミングで繋がることもある。

「合縁奇縁」(あいえんきえん)という言葉を作った人も、きっと同じような体験をしたに違いない。



ここのところ、中村 裕也は仕事のスイッチが切れると考え込むようになっていた。

彼が弁護士になったのは、行方不明になった幼馴染みを探すため。
そして「大人の事情」に対して何もできなかった子供の自分を成長させるためだった。

しかし今の彼は、それらが無力に思えるほどの怪異を知っている。



あの渡り廊下での現象は何だ。
あの夢は偶然か。あのVR体験は何だったんだ。

解決しない疑問符に苛々しながらも、優等生らしい彼が手に取り始めたのは本だった。
教科書から今の価値観を作った彼は、先人の知恵を求めて何か書き残していないかと探し始める。





この日は、取引先からの帰り道。
携帯電話から事務所に業務報告を伝え、そのまま帰宅の許可を貰った時だった。

幼少期の記憶から、そういえば近くに古本屋があったことを思い出す。
なんとなく覗いてみよう、と帰路とは逆方向に脚を運んだ。



そこは客のニーズに合わせた、良い本屋だった。
人気の作家から名作まで、需要の高い本がすぐ見付かるように並んでいる。

だが、それが却って不都合だった。
文学小説が読みたいわけではないのだ。
手掛かりがないとは言い切れないが、まず探すべきはエッセイや……オカルトといった本からだろう。


「すみませんーー」


本棚と階段の間へ埋もれるように鎮座しているレジへ向かい、店員に話し掛ける。


「はぁい。……あれ、中村くん?」


間延びした声の女性は、自分の名前を呼ぶ。
長い癖毛の髪に黒縁眼鏡。年齢は自分と同じくらいだろうか。





「ーー失礼。どこかでお会いしたことがあるだろうか?」


反射的に仕事スイッチへ切り替わる。


「やーねぇ。平本よ。同じ高校に通ってた…」


「……ああ!」


途端、懐かしい記憶が思い起こされる。
私立の中高一貫校へ通っていた自分達にとって、同級生とは良くも悪くも思春期を長く過ごした思い入れがある。


「久し振りだね。卒業以来かな?」


「そうねぇ。私は一人で県外の大学に出ちゃったから、もう皆とは随分会ってないよ」


「そうか。……笹島が高園学苑で教師になったのは知ってるかい?」


「えっ、そうだったの!懐かしいなぁ」


「このあいだ会ったんだが、元気そうにしていたよ。……平本さんも元気そうだね」


約十年振りに出会う同級生の姿を、一瞬まじまじと見詰める。


平本さんは昔からの読書好きだ。
熟考したがりで思い詰めることが多く、学生時代はあまり流暢に喋っていなかったイメージなのだが……今の姿は、随分と垢抜けて見える。

今の自分は平本にどう映っているのだろうか、と世間話をしつつ不安が過ったときだった。


「あれ? いらっしゃい」


平本が中村の背後に向かって声を掛ける。
振り向くと、おとなしそうな少年が立っていた。






「……あの、コレ。ありがとうございます」


少年は一冊の本を平本に手渡した。


「どういたしまして。どうだった?」


「とても面白かったです。自分の感情を整理できてる先生が、抑えきれずに弟子へ手紙で伝えてくれるシーンが特にーー」


表紙を見てみると、なんと夏目漱石の「こころ」だった。
おそらく読んだ感想を言いたくて、あらかじめ言葉を用意していたのだろう。一方的に捲し立てる少年へ、平本は嬉しそうに相槌を打つ。


「ーーあの、どうもすみません」


喋り終えた少年は、上目遣いで中村に謝罪する。


「いや、いいよ。……君も本が好きなんだね」


少年は無言でいる。
人見知りだろうか? あまり成人男性が気安く話し掛けるべきではなかったかもしれない。


「『お薦めの本はなんですか?』って聞いてきたから、たまに安い本ならタダで貸してあげてるのよ。ちゃんと返しに来る約束でね。ウチのリピーターさん」


「へぇ、それは凄いな。君は賢くなれるよ」


「……」


少年は少しだけ照れくさそうな反応をする。


「あの、次のお薦めの本……」


「あ、ちょっと待ってね。何がいいかなぁ……」


「あの、実は、まだリクエストがあってーー」


自分でもまとまっていない考えを絞り出すように、少年は言葉を続ける。
……そういえば、昔の平本も同じような喋り方をしていたかもしれない。


「ーー大人になれる本が知りたいです」


言葉の意味を捉えるのに、しばらくの沈黙があった。


「……大人になれる本?」


「はい。身体だけじゃなくて、その、考えが、強く、なりたいです……」


言葉を選ぶように、途切れ途切れ少年は話す。


「………あっ!」


ふいに、平本が声を上げる。


「どうした?」


「いや。……言いたくなかったら答えなくてもいいけど。小湊くん、遠足は無事だったのね? 遊園地で傷害事件があったって聞いて、心配してたのよ」


遊園地で傷害事件。
そういえば、昨日ニュースで観た気がする。犯人は無職ニートの成人男性で、ありふれた事件のように捉えていたが……大規模な傷害と監禁が行われたと聞く。


「大丈夫。守ってくれた人が居たから」


小湊と呼ばれた少年は、ハッキリ答える。


「でも、肝心なところで役に立てなかったから……。今よりもっと、大人になりたい」


「……」


つまり、犯人を見たのか。
自分が怪異に遭遇したように、彼もまた現実の事件を目の当たりにした。

小湊くんの言う「大人になりたい」とは、おそらく精神的な意味での成長を指しているのだろう。
昔の平本と姿を重ねていた少年が、今は昔の自分と重ねてしまう。
少年時代の自分が望んだ通りに、今の自分は成長できているだろうか。


「そうねぇ。確かに文学小説こそ、そういう面を扱っているけれど……」


平本は少し考えて、中村に視線を向ける。


「中村くん、何かお薦めある?」


「えっ、俺?」


「うん。『男子3日会わざれば刮目して見よ』……迂闊だったわ。こういう、憧れに向かっていく男の子には、何を薦めたら良いと思う?」


「そうだな……」


少し考える。
小湊くんも、心なしか期待した目でこちらを見ている。
おそらく彼を物理的に助けたのは、警察か警備員……背の高い成人男性だろう。
物腰柔らかな彼女より、俺の意見も参考になるかもしれない。

おあつらえ向きに、薦められそうな名著は本棚に詰まっている。
ーーまて。本当に名著ばかり揃っている。
そうか、ただの古本屋と侮っていたが、ちゃんと本を読んだことのある人間が並べているのだろう。


なんとなく、この古本屋には優しさが詰まっているように感じた。
善意や向上心に応えてくれる。
それを請け負うだけの器がある店だ。

中村は少年の話を聞きながら本を探し、それを平本がニコニコ眺めている。
そんなときだった。



「ごめんくださいーー」









平本に声を掛ける人物が居た。


「はぁい?」


「ここにある以外に、古い本はありませんか?」


「ええ、著名でない本なら二階に沢山ありますよ」


「ありがとうございます」


スーツを着た若いビジネスマンは、二階への木製階段を上がっていく。





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「ふぅん、大正十二年 初版か……。よく残ってるもんだ」


二階の階段を上がり、本をパラパラめくりながら葛間は呟いた。


選ぶ本はなんでもいいのだ。
休業届の出ている休眠会社を買収して再開させ、創業から長い会社のビジネスマンを唄う。
古いテナントの一室を借り、応接室にて昔ながらの物を置き、取引をする。
長年続く企業であると信頼させ、より良い条件で整ったところで、金が振り込まれたら引き上げる。
典型的な――”詐欺”の手口。

上手いカモを見付けたら、念入りに仕事をする。
詐欺は口八丁だけが武器ではない。
信頼させるには、むしろ無言の空間にこそ意味がある。

応接室にて待たせる間に、視界に映るもの。
高価な装飾品や額縁入りの賞状だけでは、信頼に足らない。
手付かずのまま残っている、庶民的な空間ーーここでは古い本が上手く機能しそうだ。それが欲しくて、此所を訪れた。


「適当に十冊……いや、とりあえず二十冊くらいは見繕って、並べてみようかな」


そう考えていると、階段を上がってくる音が聞こえる。